色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第11回 昔々……(8) 裏切りの小瓶たち

ソウルから帰ってきたら、なんか寒くなってますね、東京。

先週のソウル出張の際、ちょっと驚きだったのが携帯電話。知らなかったんですよ! 最近の日本の携帯電話って、海外でも使えちゃうんですね!

一緒にソウルに行った制作のK氏が持ってた携帯に、何事もなかったかのように東京から電話がかかってきたり、あるいはメールが届いたり。ああ、なんか悔しいっていうか、羨ましいっていうか。僕の持ってる携帯電話は、ソウルじゃ目覚ましにしかならないものなあ。

なので、次回、海外に行くときには、携帯を機種変することを決意!(笑)

……それにしても、いったいいつだ? 次回、海外に行くときって(苦笑)。

さてさて。

絵の具のお話。知ってました? 絵の具って「なまもの」なんですよ。

いや、実際に使われてる原材料が何なのかは全然知らないんですが、セル絵の具って、カビが生えたり、腐ったりしたのです。特にスタックの絵の具は思いっきり「なまもの」でした。

街の画材屋に行くと、時々アニメセルやセル絵の具が売ってたりします。そこで売られているセル絵の具はちっちゃい小瓶に入ってるのですが、僕ら仕事で彩色に使うには、さすがにあれじゃ小さすぎ(笑)。もっと大きな小瓶を使います。小さな缶コーヒーくらいの大きさのガラス瓶や、もう少し背の低い、その分胴回りの太いポリ瓶に絵の具を詰めて、各人、使いやすいように自分の彩色机の周りに並べておくのです。そんな小瓶に詰められた絵の具たちは、時にいろんな罠を仕掛けて僕らを待ち受けます(笑)。

まずは香り、っていうか匂い。

セル絵の具って、なんとなく甘い香りがしてて、僕はその匂いが大好きでした。どんなだったかって言うと、ほら、新しいビニール製品とかって、ほのかに甘いような匂いがしますよね? あんな感じです。色を塗るたび、絵の具のフタ開けて撹拌するたびに香り立つ絵の具の匂い(笑)。心持ちちょっぴり幸せすら感じるような瞬間でした。

ところが、です。時に、その恍惚のひとときを踏みにじられる裏切りが待ち受けています。

「う゛っ(汗)」

その甘い香りが一変。絵の具自体が異臭を放っているのです。その匂いたるや、まさに卵が腐ったような匂い! お昼ご飯食べて戻ってきて、「さあ!」と開けた絵の具がこれだと、正直泣きます。

全部の色がみんなそうなるわけではなくて、藍色系の絵の具であるNR系やきれいなピンクのPB系の、いずれも濃いめの色の絵の具がそうなりやすかったですね。

次にやっかいだったのは、カビ。

絵の具って、色によって使用頻度が違ってくるものです。その時に入ってきてる作品によって、よく使う色とそうでない色に分かれてくる。色によっては、ひと月とかフタすら開けないってこともよくあったのです。

で、ある日、ずいぶん使ってなかった色のフタを開けると……。

もさぁ〜。

絵の具の表面にビッシリと白いカビ(笑)。毛足の長い白いカビが生えてたのです。もうね、手にとって触りたいくらいふさふさと(笑)。生えているのは空気に触れている表面だけなので、それを撹拌に使ってたガラス棒を瓶の内面との境にめり込ませて、くるりと一周。すると「ぺろん」と、中蓋のように絵の具の面を覆っていたカビがきれいに取れるのです。カビちゃってるのは表面だけなので、その部分さえ捨てちゃえば、絵の具自体は問題なし。そのまま使えます。

ちなみにこの撹拌に使ってたガラス棒って、製図用品の「溝引き棒」ですね。絵の具をかき混ぜるための棒だと思ってる人も多いんですが、製図ペンで定規を使って直線を引く時、お箸のようにこの棒使って線を引きます。

でもまあ、カビなんてまだかわいいモンです。

同じように絵の具のフタを開けてガラス棒でかき混ぜようとすると、表面になにやらぶよぶよとした塊が。さながらクラゲのようなゼラチン状の物質が、絵の具の表面に浮いてるのです。時にはカビの時と同じように、中蓋のごとく全面を覆っています。

おそらく原因は腐敗です。コイツがくせ者!全面を覆うように成長しちゃってたら、カビの時同様に「ぺろん」とその部分を捨てちゃえばいいのですが、まだちっちゃくできはじめの時に気づかず絵の具をかき混ぜてしまうと、その物質はほどよく絵の具全体に撹拌されてしまい、絵の具全部が腐ってしまうのです。

するとどうなるか?

絵の具全体がぬめぬめとした感触になり、筆先につけた絵の具は糸を引き、セル表面では思うように絵の具が伸びなくなり塗りにくくなるのです。色によっては黒ずんできたり。さすがにこうなっちゃったらお終いです。その絵の具はゴミ箱行きになります。

セル絵の具って、使う人の好みでそれぞれ状態が違っているものです。水分多めで緩めの状態の方が塗りやすいっていう人もいれば、硬めの方がガシガシ塗れていいっていう人もいます。なので、その水加減によっても、カビやすさ、腐りやすさもいろいろだったんでしょうね。

■第12回へ続く

(07.03.20)