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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第78回 挑戦という名の悪あがき

 僕も、この歳になると、代表作は何と聞かれることがよくある。
 僕は、そんな時、格好をつけて、「代表作なんてありません。あるとしたら、関わった作品全部が代表作です」などと答える事にしている。
 だが、代表作はなくても、脚本を作る上で一番波乱万丈で、悪戦苦闘した作品は何かと聞かれたら、簡単に答えることができる。
 『アイドル天使ようこそようこ』である。
 なにしろ、脚本を製作中に2度も3ヶ月以上入院しただけでも普通じゃないのに、入院中もシリーズ構成を続け、脚本を最後まで病院の中で書き上げたのだから、尋常ではない。
 病室に、書き間違えた原稿のクズをまき散らすわけにも行かないので、病院にワープロを持ち込み、原稿のやり取りは、郵便とファックスを使った。
 スタッフとの打ち合わせが必要な時は、公衆電話を使った。
 病院内の公衆電話で、パジャマ姿で点滴をぶら下げて長電話している患者の姿は、さぞ異様だったと思う。
 電話代も、100円玉や10円玉が、どんどんなくなっていった。
 いつも腰にバッグをぶら下げていて、その中には、電話用の硬貨がじゃらじゃらと音を鳴らして入っていた。
 結局『アイドル天使ようこそようこ』の脚本の半分以上を、病院の中で書いたことになる。
 点滴を腕に受けながら、キーボードを叩いていたから、ワープロの点滴打ちなどという、聞いたこともない特技を身につけてしまった。
 『アイドル天使ようこそようこ』以外の作品も、その後の入院中に書いたものがいくつもある。
 おそらく、点滴をしながらワープロを使えるのは、脚本家では僕ぐらいかもしれない。
 と、こんなことを威張ってもしょうがないが……やはり、人間、健康が一番である。
 『銀河英雄伝説』の時は、M式という特殊なキーボードを使っていたが、大きなワープロを病室に持ち込むわけにも行かないので、ラップトップで、印刷機能のついたワープロを使った。
 その手のワープロは、ほとんどローマ字入力だったから、入院前に、今、皆さんが普通に使っているパソコンのキーボードと同じ打ち方を、特訓して憶えた。
 病院の先生や、看護の人達には、ワープロを使えないと入院できないと言って、しぶしぶ認めてもらった。
 僕としても、ワープロを断られる病院には入院したくなかったので、病院選びには気を遣った。
 病院は最初は個室だったが、値段が高いので4人部屋に変えてもらった。
 比較的、軽い病気の患者の病室だったので、ワープロを持ち込んでも、小型のテレビやラジオを持ち込んだぐらいにしか感じられなくて、他の患者の方達にも、さほど迷惑を感じさせず、かえって、変な患者が入院してきたと思って面白がってくれていたようで助かった。
 ただ、消灯後の夜の仕事は禁じられていたので、深夜はカーテンを閉めてこっそりワープロを打っていたが、バックライトのワープロ画面の灯に、ぼんやり浮かび上がった僕の顔は、巡回の看護婦さんに見つかったら、かなり不気味だったかもしれない。
 スタッフの方にも、大変迷惑をかけた。
 電話ですまない打ち合わせや、郵便で間に合いそうにない原稿をうけとるために、わざわざ病院まで来ていただいたことも何度かあったからだ。
 そこまでして仕事をしなくてもいいのに、と言ってくれる方もいたが、『アイドル天使ようこそようこ』は、ぜひ自分がやりたかった。
 というより、僕でなければできないという妙に強気なやる気がみなぎっていて、病気による体のだるさを吹き飛ばしていた。
 だらだらしていたいつもの僕の日常より、入院した僕の方が元気そうだと、見舞いの方達に、驚かれたくらいだった。
 『アイドル天使ようこそようこ』は制作会社から、「『ミンキーモモ』のタッチのようなアイドルもの」とは言われていたが、『ミンキーモモ』のアイドル版を作る気は、今さらなかったし、“新しいミンキーモモ”をやるなら、そのまま『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の続編かリメイクでやりたかった。
 『アイドル天使ようこそようこ』は、『ミンキーモモ』と違った、今まで誰もやったことのない、誰も真似できないアニメにしたかったのだ。
 だが、気持ちはそのつもりだったが、最初は、どんなものができ上がるか、自分でもちんぷんかんぷんだった事も確かである。
 『アイドル天使ようこそようこ』を書いてもらう脚本家の方は、制作会社側から、なるだけ前作のアイドルものを書いた方達を使ってくれ、という要望があった。
 そこで、前作の脚本を読ませてもらったのだが、僕の作りたい『アイドル天使ようこそようこ』とは、ずいぶん雰囲気が違っていた。
 脚本としてはまとまっているが、はじけた面白さがない。
 プロの作品としては、そこそこ通用するが、それだけでは困るのだ。
 下手でもいいから、個性的な魅力が欲しかった。
 脚本としてのある程度の完成度は、僕が手直しすればいいと思った。
 だがプロのライターに、下手でもいいから面白くしてくれ……と言うのは、相当失礼である。
 だから、そんなことは言わなかったが、その代わり、僕独自に、脚本の上手い下手を問わず個性的なものを書けそうな人を選ぶことにした。
 そんな脚本家を探しているうちに、前作を書いた脚本家の方達は、だんだん候補から消えていった。
 脚本家の方達も、『アイドル天使ようこそようこ』のような作品は、自分に向かないと敬遠している気配があった。
 前作のアイドルものを書いた方達には、申し訳なかったと思う。
 『アイドル天使ようこそようこ』が終わった時、前作のアイドルものを書いた方は、1人しか残っていなかった。
 ともかく、入院前は、『アイドル天使ようこそようこ』の普通と違った変な部分を理解できる脚本家探しに忙しかった。
 ずいぶんの人に、作品の主旨を書いたメッセージを読んでもらい、声をかけたが、ピンとくる人は少なかった。
 結果的に、『アイドル天使ようこそようこ』の脚本を書いた人達の3分の1近くが、今まで脚本など書いたこともない、脚本家になりたいとも思っていない素人になってしまった。
 この人選には、それぞれ特殊なエピソードがあるが、おいおい語っていこうと思う。
 ともかく、『アイドル天使ようこそようこ』の3話までは、監督にもこの作品の奇妙さを理解していただくために、脚本を細かく描き込んだ。
 1話など、普通は200字詰め原稿用紙で70枚程度なのだが、110枚を越えている。
 4話目は、脚本を書いたことのない、当時新人の舞台女優、滝花幸代さんに書いてもらい、その半分以上を、脚本らしく見せるために手直しした。
 たまたま、そのころ、渋谷のBunkamuraのシアターコクーンという劇場で、「ベービー ベービー」というミュージカルを上演していたが、題名の2人の赤ん坊の1人を演じていたのが、ようこ役のかないみかさんで、もう1人の赤ん坊の役が滝花幸代さんだった。
 つまり、ひとつのミュージカルの共演者が、声優と脚本家に分かれて『アイドル天使ようこそようこ』に関わることになった。
 別に僕が意識的にしたことではなく、偶然そうなってしまったのだ。
 滝花幸代さんが書いたものは、僕が手直しはしたが、滝花幸代流の変な面白さはそのまま残っている、風変わりな脚本になった。
 そこまでやったところで、ある程度メドがつきそうなので、入院することにした。
 だが、メドがついたような気がしただけで、結末までは何も決めていなかった。
 ただ、どんな作品にするかの方向性は決めていたので、脚本を書き出す前に、あるアニメ雑誌に、『アイドル天使ようこそようこ』をどんな作品にしたいかの、決意表明のようなものは書いた。
 それが、以下の文章だが……『アイドル天使ようこそようこ』が最終回を迎えた時、この文章どおりになっていたかどうかの判断は、『アイドル天使ようこそようこ』をご覧になった方に、お任せしようと思う。

       *   *   *

 「挑戦という名の悪あがき」首藤剛志

 「ようこそようこ」ってどんなアニメなんでしょう。

 書けといわれて「はい」と答えたものの、はたと困ってしまいました。
 なにしろ、今のアニメには珍しい原作のないオリジナルだし、始まったばかりだし、これからどうなるのか僕にも分かりません。
 主人公のようこに聞いたって、「はい! 私もきっぱり分かりません」と、あっさり答えるに違いありません。

 前もって、決められたストーリーの上を、パターン通り歩くのって、僕も、僕の書いた主人公も苦手なタイプなので、出たとこ勝負……行った先で考えよう……
 「先が見えないのサキ……」という、もう一人の主人公サキの口癖と同じであります。
 で、もって、先日、この番組の制作発表会につれていかれたら、P・Rの言葉に「新しいアニメへの挑戦」なんてのがありました。
 はあ、ぼくたちが作るのは、新しいアニメなのかあ……営業サイドが、どう思い込んでいるのか知りませんが、脚本サイドとしても営業とは別の意味で、少しだけ「新しいアニメ」になるのかも知れないなあ……などと思い始めてもいるのです。

 でもって、今のところ言える「新しさへの挑戦」ならぬ「新しさへの無謀な悪あがき」を、脚本の面から、ほんの一部だけ紹介してみます。
 ……ようこは、いわゆる、よくいるアイドルではありません。ようこが、日本のどこかから東京に出てきたのは、アイドルになりたいからでなく、ニューヨークのブロードウェーの舞台で、自分の信じる本物の歌を唄いたいからです。
 だいいち、ようこは、なぜか、生まれたときから、テレビは、衛星放送の一流のショーしか見たことがないのです。
 日本のいわゆるアイドルを知らないのです。ようこが目指すは、実力のある大スターの、ライザ・ミネリのクラスです。ロックなら平均……ローリング・ストーンズです。
 したがって、日本でどんなに人気があろうと、唄に関するかぎり人気はどうであれ、実力のあると信じられる人にしか、感動しません。だから、悪気なく、こんなことを言っちゃって顰蹙を買っちゃうこともあります。
 「アイドルって、唄が下手で、サインしたがる人のことですか?」
 それは、他のことにも言えることで、ようこは、自分の信じる価値観……それは、よく考えれば、常識的な事なのですが、現代はその常識が、ちょっとずれている。ないしは、ようこの常識は、トレンディでなさすぎるのか、未来的なのか、はたまた時代遅れなのか……ともかく、本物しか信じません。
 ようこのお話は、本物を捜す旅です。それは、取りもなおさず、この番組を作るスタッフにも言えることで……本物ってなんなのか……やたら難しくなりそうですが、でも、ようこは、まだ十代の少女ですから本物に対する誤解や錯覚は、当然ある筈ですし、作る僕らに、誤解や錯覚があっても、許してもらおう……なんて、居直ることにしたりして……さて、さらなる悪あがきは……もしかしたら、現代の都市って何なんだろうかってことも、ちょっぴり考えてみれたらと思っています。

 舞台と仮定している渋谷は、現在、なにもかも吸収してふくらんでいる街です……世界中で、今の渋谷ほど、無国籍で現代的な街と呼ぶにふさわしい所は無いかもしれません。人は、流れているが、互いの未来も過去も無関係。あるのは今という時間だけ……現代のるつぼ、迷宮……そんな街に紛れ込んだようこは、現代の「不思議の国のアリス」かもしれません。
 ようこが、演じる「渋谷のアリス」が、どんなお茶会に出合うか……どんなお茶会に参加させたいか……製作スタッフのそれぞれの個性によって、それが様々に描かれモザイクの様に組合わされた時、そこに、現代の都市が現れるような気がします。
 そして、悪あがきの決定版は……なんと、全体がミュージカルらしき物だということ……もちろん、いわゆるブロードウェーミュージカルやハリウッドミュージカルは、今の苛酷なテレビアニメ製作条件の中では、恐れ多くも作れるとは言えません。
 ようするに、作品のリズムが、音楽していたいのです。やりたがりの日本人が、やっても、センスがまるで団扇(うちわ)のミュージカル。
 どうなることやら……
 「ようこそようこ」の悪あがきの種は、他にもいっぱい用意してあります。その悪あがきが、少しでも芽が出れば、新しいアニメに挑戦したってことになるのかなあ。
 テレビアニメの、ドンキホーテ気取りの、じたばた、どたばたぶりを笑ってみてやってください。

       *   *   *

 以上が脚本執筆前に書いた文章だが、現実はうまくできたのだろうか?

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 業界以外のいろいろな人との関わりあいを持つこと……それが、あなたの脚本のはばを広げることになる。
 さて、人との関わりあいの中で、多分、重要な部分を占めるのが異性との交際であろう。
 もう脚本家の入口に踏み込んだあなたは、単なる異性交際ではなく、恋愛をめざそう。
 同性同士の恋愛もあるし、現実にも知人に何人もいるが、僕には経験がないから、偉そうなことは言う資格がない。
 が、異性との恋愛なら多少、経験はある。
 若い頃は、ほうっておいても異性に対する関心が頭の大部分を占めていると思うが、どうせ暇があるのだから、遊びや好奇心やあこがれだけでない、本当の恋愛を体験しておこう。
 本当の恋愛って、簡単なように見えて結構難しい。
 相手の全てを愛せるなんて事は、めったにないのである。
 それでも、相手の全てを愛する努力(?)をしてみよう。
 失敗や後悔を恐れないことだ。
 人は様々だから、恋愛の形もいろいろあるだろう。
 だから、どんな恋愛をしろとは僕には言えない。
 でも、恋愛はすればするほど、そのひとつひとつが、きっとあなたの財産になる。
 異性のいろいろな性格が、相手の年齢に関わらず、いとおしく、かわいく思えるようになれば、あなたは、異性が書ける脚本家になれる資質を身につけたことになる。
 ところで、現実には、どろどろとした恋愛関係、憎悪に満ちた異性関係もあるだろうが、それを経験してもあまり役に立たない。
 そんなものが書けても、人を不愉快にするだけである。
 ハッピーに没頭できる恋愛を、いっぱいしておこう。
 僕が今、後悔しているのは、この歳になると……人にもよるだろうが……恋愛が面倒くさくなるなってくること。
 もっと若い時に、脚本など書かずに、いろいろな人と恋愛したかった。
 そして、年齢差のある人との恋愛経験が少ないことである。
 僕のようなおじさんになったら、僕を恋愛対象にしてくれる女性がめっきり減ってくるというか、ほとんどいないだろう。
 僕の結婚は45歳の時で、相手は12歳歳下だった。
 そこらが、恋愛の限界だろう。
 僕には今、20代のガールフレンドがいない。
 いつの間にか、みんな歳をとってしまった。
 だから、最近の僕の書くものは、恋愛に限れば、若さがなくなってきている気がしてならない。
 歳相応という言葉もあるが、やはりさみしいものである。
 ともかく、若い間は真面目な恋愛をいっぱいすることだ。
 それが、あなたの、恋愛に対するだけでない、感性をも磨くことになる。

   つづく
 


■第79回へ続く

(06.12.06)

 
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