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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第165回 ポケモン事件でできたガイド・ライン

 人数は少ないがNHKで放送されていたアニメでも『ポケモン』と同じような事件が起きていた。
 しかも、その事実は報道されていなかった。
 もし、その事実が知らされていたら、『ポケモン』の問題を起こしたエピソードは、それなりの処理をして作られ、被害者は出なかったかもしれない。
 しかし、後で何を言っても遅い。
 起きたことは起きてしまったのである。
 事件の原因は、俗にパカパカというアニメ表現らしかった。
 その表現でTVを見ている視聴者が光感受性発作(強い光による刺激が、視神経を経て大脳皮質に伝わり、発作を起こす脳波が誘発される症状)を起こしたというのだ。
 この事件は他のアニメでも起こりうる事だった。
 いや、激しい明滅表現をすれば、アニメ以外のTV番組や映画でも起こるかもしれない事件だったのである。
 今までのTV番組は、「赤信号、みんなで見れば怖くない」状態だったのだ。
 マスコミの『ポケモン』バッシングはたちまち収まった。
 危険性のあるアニメはかたっぱしから修正処理された。
 『ポケモン』以外でも起こりうるという事は、マスコミの関係するあらゆるTV局にとって、明日は我が身に降りかかる事件だったのである。
 となると、マスコミの逃げ足は速い。
 「『ポケモン』は運が悪かったんだ」
 そんな気分が漂い始めた。
 だが、こんな声もあった。
 「「ポケモンのせいでひどい目にあった」
 事件の被害者ではない。
 『ポケモン』アニメの制作会社でもない。
 「パカパカ表現が使えなくなった」
 別のあるアニメ会社である。
 実は、パカパカは枚数を減らしてアニメを安上がりにして派手に見せる効果もあった。
 それが、使えなくなってアニメを制作するのにお金が余計かかるようになったというのである。
 「『ポケモン』には罪はない。悪いのは表現方法だ。それも、他のアニメでも今まで使っていた表現だ」
 『ポケモン』アニメを制作している側からも、そんな声が出てきだした。
 御前様の最悪の窮地は、あっという間に消えた。
 御前様は、すぐにアニメ制作を再開しようとした。
 視聴者の間にも放送再開を望む声が大きくなった。
 しかし、しばらくの間『ポケモン』は放送されなかった。
 『ポケモン』を放送したTV局は慎重だったのだ。
 しかし、夏には映画版の予定がある。
 焦れた御前様は、局の決定を待たず制作のGOサインを出した。
 再開時用に、人気のあるピカチュウがたくさん出てくる「ピカチュウの森」というエピソードが選ばれた。
 「やっと会えたね」というサブタイトルが用意された。
 事件を起こしたエピソードは、修正不能なのでなかったことにして、ビデオやDVDからもはずされた。
 結局、『ポケモン』は放送枠を前の火曜日から木曜日のゴールデンタイムに移し、4月16日に放送が再開された。
 4ヶ月のブランクだったが、再開時の視聴率は事件の起きたエピソードとさほどかわらなかった。
 タイミングもよかった。
 4月8日、NHKと日本民間放送連盟が、「アニメーション等の映像手法に関するガイドライン」というのを出したばかりである。
 それによると……

 1 映像や光の点滅は、原則として1秒間に3回を超える使用を避けるとともに、次の点に留意する事。
 (1)「鮮やかな赤色」の点滅は特に慎重に扱う。
 (2)この条件を満たした上で1秒間に3回を超える点滅が必要なときは、5回を限度とし、画面の輝度変化を20パーセント以下に抑える。
 連続して2秒を超える使用は行なわない。
 
 2 コントラストの強い画面の反転や、画面の輝度変化が20%を超える急激な場面転換は、原則として1秒間に3回を超えて使用しない。
 規則的なパターン模様(縞模様、渦巻き模様、同心円模様など)が、画面の大部分を占めることも避ける。

 更に、映像の影響から視聴者を守るためにはTVの視聴方法も重要。
 TVを見るためには、明るい部屋で、受像機から2メートル以上離れるなどの予防も必要である。
 NHKと民放連は今後、共同して視聴者への「TVの見方」に関する正確な情報提供を心掛けることにする。

 ……だそうで。

 あれからもう10年以上が経とうとしている。
 10歳の子が20歳である。
 ずいぶん昔のことのような気がする。
 アニメに「TVを見るときは部屋を明るくして離れて見てください」というテロップが出るが(出ないTV局もある)、それがあの事件の名残りである。
 僕自身は、この事件をなんとか自分自身に納得させるために、当時色々考えた。
 僕の子供のころは、14インチが普通だったが、今は20インチ以上である。
 核家族、少子化で、子供が1人でTVに集中している事が多い。
 昼の3時、4時ごろから、チャンネルを変えれば、ぶっ通しで子供番組をやっている。
 夕暮れから夜へ、外がだんだん暗くなるのに、それに気がつかずTVを見続けている。
 TVを見続けて、目が疲れた頂点の頃に『ポケモン』が放送された。
 ……などなど。
 しかし、あの事件の後、被害者の入院した同じ病院に偶然とはいえ入院して思ったのは、やはりこのままでTVはいいのだろうかという気持ちである。
 被害に遭われたご本人ご家庭や、当時の『ポケモン』アニメの製作者は、まさか忘れはしないだろうが、上記したガイドラインは、今守られているのだろうか?
 光感受性発作などと、特殊な病気のような片付け方でいいのだろうか?
 自分が光感受性発作を持病にしているかどうか、どうやったら分かるのだろう?
 夕暮時、子どもたちは、自発的に暗い部屋を明るくするだろうか?
 画面から2メートル以上離れろといっても、基準になるTVのインチ数はどれぐらいなのだろう。
 大人と子供では、視界の広さが違うはずである。
 4歳児にとってみれば、29インチでも、画面の中に飲み込まれるような大きさに見えるだろう。
 電気量販店にいけば、ハイビジョンなどを売りにして、薄型大型TVがずらりと並んでたたき売り状態である。
 地上波デジタル化されれば、そんな大型TVにどんどん買い替えが進んでいくだろう。
 Blu-rayなんていうのもいよいよ本格的に売り出されて、さらに鮮明で大型な画面が要求されていきそうである。
 宣伝になってしまうかもしれないが、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』も、Blu-ray版が発売になるそうである。
 発売されるのは、脚本家としてはうれしいが、ファンとしては置き場所に困る。
 ビデオにLDにDVD……部屋がどんどん狭くなる。
 ところで、東京の渋谷には四軒も電気量販店がある。
 あ、ドンキ○○○などという安売り店もある。
 そんな店の1軒を覗いてみると、良心的というか親切にも画面に適正な部屋の広さが大型TVに、いちいち表示されていた。
 12畳以上、20畳以上などと書いてあった。
 12畳や20畳の部屋を持っている方が、日本にどれだけいるというのだろう。
 本当に40インチや50インチが売れるのだろうか。
 ちなみに他の店を覗いてみたら、適正な部屋の広さは表示されていなかった。
 店員は一所懸命フルハイビジョンの美しさを説明していた。
 客はどうしても、大きい画面に目が行ってしまう。
 ズラリと並んでいると、画面の大きさの感覚が麻痺してしまうようだ。
 僕も部屋に入りきれるなら大きい画面のTVが欲しくなる。
 もちろんお金があるのならだが……。
 先日読んだ映画雑誌で、橋本忍氏という脚本界の大御所が「私は貝になりたい」のリメイク映画のインタビューで映画とTVの違いを語っていた。
 映画は1秒24コマ、TVは30コマ……この6コマの違いが大きく、30コマより24コマのほうが、見る目に力が入り集中して疲れるから、3時間以上の映画には休憩を入れるというのだ。
 そういえば、子供の頃映画館で見た黒澤明監督の「七人の侍」――脚本に橋本忍氏が加わっている――は、全部で3時間はなかったが、それに近い上映時間で、途中に休憩が入っていた記憶がある。
 インタビューのテーマは映画とTVはそのコマ数の違いで演出法が変わるというものだが、僕は演出法のことよりもコマ数が少ないと見る目が疲れるということが気になった。
 ご存知のように、日本のアニメは1秒間に24枚も絵を使って動かしてはいないリミテッドアニメがほとんどである。
 それを、本来30コマのTVで見ている。
 TVに休憩はない。
 あるのはCM……動いている画像である。
 そういえば、2時間を超えるアニメ映画はほとんどない。
 恥ずかしながら、脚本を書いて40年近く経ち、いまさらながらに目から鱗である。
 アニメの大長編映画がないのは、内容がどうのこうのというより疲れるからなのか……?
 橋本忍氏の理屈が正しいとしたら、もしもアニメばかり3時間も見続けたらどうなるのだろう?
 そんなアニメの脚本を書き続けてきた僕は、TVで、もしかしたらとんでもないものを人に見せてきたのではないか?
 なんとなく、僕が「私は貝になりたい」気分になった。
 10年以上前の事件の後遺症かもしれない。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 僕は金春智子さんをよく知っていた。
 『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の中軸脚本家の1人で、『さすがの猿飛』も印象的なエピソードを書いていただいていた。
 『うる星やつら』の脚本家としては、他にいないほどぴったりな気がした。
 余談に近いが、原作者の高橋留美子さんとお会いしたのは、金春智子さんの結婚式だった。
 紹介してくださったのは、少年サンデーの当時の編集長・田中氏だったと思う。
 高橋留美子さんと金春智子さんは仲がいい。
 どうでもいいようでそうでもなさそうな事で、僕と金春智子さんと高橋留美子さんは共通点がある。
 野球の阪神フアンなのである。
 今年の阪神は悲惨だった。
 その今年の阪神の最も悲惨な対巨人戦を、なんと、金春さんと高橋さんは一緒に東京ドームで観戦したらしい。
 スポーツニュースで僕が泣いた試合である。
 現場のお2人は号泣だろう。
 東京にいる阪神ファンは、共通点がある。
 あまりに勝てないから、というか負け方が独特で、阪神が好きな東京在住の人は、内部に屈折したものがあり、そして何かに対してこだわりがあり、どんなに負けても阪神を見捨てない。
 『うる星やつら』の原作者が好きな野球チームはどこ? と考えたら、やっぱり僕は阪神しか思いつかないでしょう?
 金春智子さんは、外見や態度から想像がつかないほど気が強い。
 本読み(脚本の打ち合わせ)しているとよく分かる。
 もう1人、脚本家の筒井ともみさんも、金春智子さんと全く違ったタイプで、しかし気は強い。
 お2人は『魔法のプリンセス ミンキーモモ』、いわゆる空モモと、『さすがの猿飛』の女性ライターの両輪で、このお2人がいなかったら、両作品とも、全体のイメージがずいぶん変わったものになっていただろう。
 ともかく、このお2人の脚本には、ほとんど直しを頼んだ記憶がない。
 で、『うる星やつら』の脚本なら、僕がプロデューサーでも、金春智子さんに頼むだろう。
 作風を知っているからなおさらである。
 その2作目を僕がやるのはいくらなんでも変だろう? ……と思ったが、局プロデューサーと原作の編集部が『さすがの猿飛』と同じである。
 僕のことも金春さんのことも知っていての依頼である。
 「何かと色々あって、ともかく1作目を見てくれ」
 と、言われ、1作目「オンリー・ユー」を見た。
 コミックのアニメとしては結構面白くはできていたが、かなり引っかかった点があった。
 ラムもあたる(男の子)も、それらしくないのだ。
 おまけに女性がいないというか……つまり、金春流でない、キャラクターの形だけが高橋留美子風味なのだ。
 なんだか変だと思ったら、監督・脚色押井守とある。
 つまり、絵コンテで脚本が相当変えられて、何やらかにやらあった末、金春さんが怒って2作目の脚本を断ったらしい
 で、押井守氏がプロットを書いたら今度は原作とプロデューサーサイドがNOを出し、またまたなにやらかにやらあった末、だったら『さすがの猿飛』のシリーズ構成にやらそうということで、僕にお鉢が回って来たようである。
 こっちは『さすがの猿飛』で好き放題させてもらっているし『街角のメルヘン』のアニメ化もある。
 なんだか断りきれない状況になり、ただ、NOの出た監督のプロットが、友引高校の一同が自主映画を作るという話ということは聞いた。
 このプロットが『うる星やつら』の映画4作目に似ているというが、僕はNOになったプロットの内容を聞いただけで、4作目を見ていないのでよくはわからない。
 ちょっと、インターネットで検索してみたが、4作目に押井守氏の名はない。
 どうなっているのだろう?
 まあ、僕のプロットではないから関係ないが……。
 監督やスタッフとも、2度ほど会ったと思うが、ほとんど監督の印象がない。
 なんだか、ぶつぶつ要領を得ない世間話をしたような覚えがある。
 ともかく、監督は、ストーリーについては何も言わないのである。
 後の発言からすると、もうその時はすでに僕の脚本を使う気はなかったようである。
 監督は、僕のことを、他の人から印象を聞かれて「変わった人ですね」と言ったそうだが、僕のほうも監督のことを「変わった人だな」と思ったから、同じようなものである。
 「じゃあ、まあ、とりあえずプロットを書いてきます」
 ということになった。
 そんな打ち合わせに前後してだが、その監督を外国映画音楽で有名な渋谷のレコード店で見かけたが、声をかけなかった。
 監督はジャン=リュック・ゴタールの「アルファビル」を買おうかどうか迷っているようだった。
 知る人は知っているフランスはヌーベルバーグの旗頭ゴダール監督としては珍しい、SF映画である。
 SFといったって、特撮があるわけではなく、モノクロで、アンナ・カリーナという美人が未来のパリのようなところをうろうろするスパイものとしかいえない映画である。
 ようするに一言では言えない映画なのでネットで検索してください。
 ヌーベルバーグとは、新しい波という意味で、僕の10代あたりに流行ったまさにヌーベルバーグとしか言えない映画群で、今も熱狂的なファンがいる。
 なんだか嫌な予感がした。
 これで、アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」でも出てきたら、たまらない。
 2本の作品で僕の苦手な人物像が浮かび上がってしまう。
 でも、まあ、監督の趣向は分かったような気もした。

   つづく
 


■第166回へ続く

(08.11.26)

 
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