β運動の岸辺で[片渕須直]

第125回 『アリーテ姫』の音楽メニュー(後編)

 前回のつづき。

○M26(C#469A〜470)(04:06:27:00〜04:06:29:00)

 M24同テーマのポロロロン。あのとき天上を横切っていた星が今、グロベルの手の中にある。『不思議』。470へは余韻こぼし程度。
 (「ポロロロン」などと表現してあるのは、要するに、ブリッジめいた短い曲にしてほしいという意味合いと思ってほしい。M26までがダビングロール第4巻で、M27からが第5巻になる。)

○M27(C#537〜552)(05:02:36:00〜05:04:42:00)

 アンプルの回想。アンプルの想い。それに噛み合うことのできない自分に対するアリーテの憂鬱。2人の行き場のなさが融合して、ラスト、壁に描かれた窓の絵しかないのだけど、その空へ手を伸ばしてしまうアリーテ、というわずかな高鳴り。グロベルの声でそれもストップ。

○M27A(C#574B〜586)(05:07:13:15〜06:08:23:00)

 M25同テーマ、『無駄に過ぎ行く時間』。今度は盛り上がらず、アンプルの部分では沈鬱に。ハリネズミ以降は淡々と。
 (千住さんはM25で大曲『クラスノソンツェ』を使ってきてしまったので、ここは結局それとは別テーマになっている。ともあれ、これで第5巻終わり。次から第6巻なのだが、このロール6は、冒頭のロール1に次いで曲数が多い。前半は山場らしく感情を補強するために、後半は活劇的にBGMを多用することになってしまっている)

○M28(C#599〜605)(06:00:26:00〜06:01:24:15)

 冒頭でかかった『昔話』の曲(M1)がとつとつと始まる。
 C#601(城と町の全景)付近から、少しテンポづいていく。

○M28A(C#610〜623)(06:01:59:00〜06:04:25:00)

 アリーテが、窓から見える小さな人影たちに込めた気持ち。「懐かしさ」。語る姫君の口ごもりまで。623へは余韻こぼし程度。

○M29(C626〜629)(06:04:36:00〜06:04:49:00)

 「懐かしさ」を秘めて、底に沈む緊張感が臨界寸前にたまっている感じ。

○M30(C#668〜672)(06:08:10:15〜06:08:29:00)

 行動するアリーテM13A同テーマ。

○M30A(C#698〜692)(06:08:14:15〜06:10:38:00)

 アリーテ心象として、金色和紙という「不思議」の発見。689でボックスが怒鳴っていようと構わず。
 (メモを見ると、曲スタートを「C#688 06:10:14:15〜」に変更してある。どうも、録音のときに千住さんが作ってきた曲がそうなっていたのだったようだ。千住さんに手心加えてもらっている一例)

○M31(C#695〜702)(06:00:00:00〜06:00:00:00)
 行動するアリーテ。M13A同テーマのバージョン変え。今度は、先に待つであろうものへの緊張感が強い。
 (この曲はタイムコードの指定をし損なっている)
○M32(C#703〜705)(06:11:56:15〜06:12:21:00)

 アリーテのピンチ感を少し表したい。緊張感。

○M33(C#723〜727)(06:14:09:00〜06:14:46:00)

 アリーテ、新たな謎を見つけた。謎めく。724でひとまず鳴りきり、725〜727はその余韻のように。

○M34(C#750〜755)(07:02:19:15〜07:02:51:00)
 アリーテ、謎を見つけた。謎を解きに地下へ、秘密の場所へ下る。

○M35(欠番)

 (自分でいったん曲を指定しておいて、千住さんとの打ち合わせの寸前に外してみたのだが、千住さんのほうで「やはり必要」という判断があって、作曲されてきた。「C#785〜799(07:05:54〜07:06:57)」で再指定されている)

○M36(C#846〜852)(08:00:26:00〜08:01:33:00)

 「地に穏やかさが訪れた」。そんなに「優しさ」は感じられなくてよい。自然な大地の広がり。その穏やかさの中、1人なくした水晶玉を探す愚行に勤しむボックスは哀れである。客観的に見えてくる哀れさ。曲は哀れっぽくなく。アリーテがやってくるまで。

○M36A(C#858〜860)(08:02:38:00〜08:03:03:00)

 波のザザーッの中から「優しく暖かだった母の温もりへの懐かしさ」が、静かにこみ上げてくる。861「現実のボックス、まだそれに浸っている顔」までかける。はっと気づいたところで音楽途切れる。

○M37(C#873〜881)(08:05:27:15〜08:06:59:00)

 金色鷲の発見=「不思議」。これから生きて行くアリーテの人生も不思議そのものである。881のフェードアウトでいったん区切ってください。

○M37A (ENDING)

 (M37Aはこちらの考えではエンディング曲のつもりだったのだが、千住さんのプランでM37BGMから大貫妙子さんのエンディング主題歌までひとつながりに直結するように設計されて上がってきた。M37Aはその間をつなぐイントロという扱いになり、大貫さんの主題歌M38が追加されている)

○M38

 (片渕のメニューにはなかったのだが千住さんの側で追加となった曲。大貫主題歌のショートバージョン)

○M39

 (同じく、大貫主題歌のCD用フルコーラス)

○M0

 (同じく、オリガ主題歌のCD用フルコーラス)

 という感じで全曲なのだが、ロールごとにBGMの密度がまるで違っているところなど、あらためて見ておもしろい。

 音楽の演奏と録音は、大貫妙子さんのボーカルを除いて、2000年8月29日と9月11日の2回に分けて行われた。
 収録の当日、千住さんは髪もボサボサ、ヨレヨレになりきった姿でスタジオに現れた。
 「コンポーザーの仕事って、寝ないでひたすら紙(五線紙)を前に、鉛筆と消しゴムを振るいまくる仕事なんですよ。もう、腱鞘炎が痛くって」
 不眠、紙、鉛筆、消しゴム、腱鞘炎といえば、われわれアニメ業界のトレードマークみたいに思っていたのだが、そうではなかったのだ。
 「いや、その点、まったくおんなじです。同類です」
 演奏は映像を流しつつ行われるのだが、なにしろ千住さんがこのギリギリまで机にしがみついて書き上げてきた楽譜であるので、画と音楽が揃った姿をわれわれが見るのは、リハーサルのときが最初ということになる。
 1ヶ所、ちょっとこちらの演出的思惑と違っている部分があるように思えたので、千住さんに相談をもちかけたところ、千住さんはすぐさま理解し、と同時に調整室を飛び出していった。
 演奏者のところにとんでいった千住さんは、譜面台から楽譜を取ると、大胆に床に広げ、その上にひざまずき、集中力を込めて鉛筆を走らせていた。まさに雄姿というにふさわしいものが、そこにはあった。

第126回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.05.07)