β運動の岸辺で[片渕須直]

第119回 グルグルするもの、キラキラするもの

 CGを使うのは慎重にやらなくては、と思っている。なにせ、それ以外の部分が手描きのアニメーションであるところに混ぜて使うのだから、混ぜていることを気取られないように使ってみたい、と思っている。
 以前、その頃は同じ仕事場で仕事してた河口俊夫さんが、当時出かかっていたCGアニメーションのことを、
 「あんなのには全然驚かない。だって、パースが正確に出てるだけで、所詮、立体をぐるぐるするだけでしょう。あんなのは、自分たちが普段アタマの中でやってることだもの」
 といっていたのを思い出す。
 パースとか形状とかが多少フワフワしてる方が味がある、という観点に立つなら、いっそう安易には使いにくい。
 『アリーテ姫』でもモデリングを組んだ3DCGアニメーションを使っている。それは、魔法使いボックスの乗り物、レオナルド・ダ・ビンチ式のヘリコプターの回転翼、というか螺旋状の帆の部分にだ。あの立体は形状としていかにも面倒くさい。回転を追って中割りするのも、しにくそうに思える。そういうものをいちいち修正したり、中割り用のあたりを用意したりする手間を省きたくて、ここはCGを使ってみることにした。
 まず、作画のほうでラフ原画を普通に描いてもらって、回転翼の回転以外の動きを作ってしまう。これをCGI部に送って、ラフ原画の動きを踏襲した上で、3DCGアニメーション化してもらう。それをプリントアウトしてもらう。
 この時点で、めんどくさい形状も押さえられ、中割りも入った状態になっている。それを作画のほうに戻し、タイムシート上の原画のところだけ原画の形に仕上げてもらい、あとは通常の手描きのアニメーションとして動画に回して中割りを入れてもらう。ただ、そのときの各中割りのあたりはCGからのプリントアウトで用意されていることになる。
 こういうCGは、放っておくと1コマ打ちで上がってきちゃうのだが、最終的に3コマ作画にしたいのだから、プリントアウトは3枚に1枚だけ出力してもらっている。
 ということで、複雑な立体形状もきちんとクリアでき、こちらは何も考えずとも、機械的に動画が処理することができるものになっているわけだ。CGでモデリングしたものを手書きに戻すのは、ひたすらに「味」の妙を得たいためなのだが、作画監督の尾崎和孝君はその辺のことをきちんとわかっている人で、上がってきた原画にさらに修正を載せて、布のたわみだとか、縫い目の書き込みだとか、帆布のツギあてだとかを、手描きの味わいを強調する方向にディテールアップしていってくれる。圧巻なのは、ボックスの城の「飛行甲板」への降着失敗して、床板を突き破って不時着するところで、ここは尾崎君が相当に手を入れてくれている。
 思えば、準備作業中断前の脚本ですでに、金色鷲と空中戦させるべくアイデアとして登場させていたこのヘリコプターだったのだが、こうして様々な人の手によって、最終的な画面に定着できるところにまで至っている。

 しかし、CGを使うことすらできずにめんどうだったのが、魔法使いボックスの杖の先についている水晶だった。いつでもキラキラしているのだ。
 このキラキラは、表面にハイライトが走り回るのと、水晶自体の内部にカゲがうごめくのと、両方からできていて、それらが絶えず感覚的に動く。
 感覚的、というのは言い換えれば法則的ではないということで、こういうものはモデリングしたCGなんかでは作り出しにくい。というようなことは予見できたので、これはやらなくていいよ、といったのだが、CGI部のほうでも「やってみたい」といわれ、しばらく試行錯誤していたようだったが、結局、「何をどう動かしていいのか、理屈がよくわからない」という、案の定みたいな感想がひとつ述べられておしまいになった。
 画面になった水晶のキラキラは、その相当部分を、尾崎君が作監時に全部動きを描いていたように思う。こういうものは中割りのところもすべてあたりを入れなければならないのだが、それを原画マンと作画監督のところでやりきっている。アップのカットで、十分にあたりを入れきらずに動画に出したら、やっぱり破綻してしまって、結局全部描き直しということになってしまったこともある。
 うかつなアイデアが現場をたいへんな目にあわせてしまう例になってしまっている。
 『アリーテ姫』の完成後、その次の仕事のしかかりをしていたら、動画机ひとつ隔てた向こうに新設されていた『MINDGAME』の準備班に湯浅政明君が入ってきて、スタッフたちに、
 「今、『アリーテ姫』を観てきた」
 と、話し始めたのが聞こえてきた。こちらの存在に気づかずに話しているのを聞き耳立てる感じに聞いてしまって申し訳なかったのだが、
 「水晶球が絶えずキラキラしてて、作画的にすごい労力が払われていて、あれはすごい」
 と、作画の同業の湯浅監督がしゃべるのを耳にするにつけ、尾崎君たちの苦心を思って、報われた感じがした。

第120回へつづく

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(12.03.19)