β運動の岸辺で[片渕須直]

第112回 美術にも仕掛けをしたい

 仕上の話が先になって、美術のことが後になってるのは、美術監督をどなたにお願いしようかという話が遅れていたからだ。

 その何年か前、部分的にデジタル処理を使い始めた『MEMORIES/大砲の街』のとき、作監の小原秀一さんが通常技法(アナログ)でものすごくリアルに見える蒸気の表現を作り上げてしまい、人の手がこれを作り上げたのだということがちゃんと観る人に伝わればよいのだけど、と思ってしまったことがある。そういう意味では、仕上や撮影の作業がフル・デジタルとなる『アリーテ姫』だからこそ、ちょっとばかり考えてしまうこともある。
 アニメーションの背景があまり無意味なままに写真的にリアルな方向に流れて行くのもおもしろくなく、正反対な方向に傾いていってみたい気持ちもあったりもする。
 そんなふうに思うとき、この時期、ふと取り出してしまっていたのが、東山魁夷画伯が描くヨーロッパの風景スケッチだったりする。『アリーテ姫』で必要としている中世的な建物が描かれているということももちろんながら、本制作の絵画のほかに画文集に収められている習作的なスケッチの味わいがおもしろいように感じられていたのだった。色がはみ出ていたり、筆目がこれでもかと自己主張していたり。
 全カットをそんなふうに手描き感たっぷりに作り上げられないだろうか、と思ってしまうのが悪い癖だった。

 デジタル・コンポジットだからこそできることもある。
 これまで、線画台の上にセルと画用紙の背景を重ねてカメラでフィルム撮りしていた状況下では、当然のことながら、セルと背景は同じ大きさに描かれている必要があった。
 デジタル・コンポジットでの両者は単なるレイヤーであり、実際に重ねられるわけではないので、きちんと相似形にさえなっていれば、構わない。
 レイアウトを描いたのち、作画用にはそのままのサイズのものを手渡し、美術用には縮小コピーしたものを回す。背景は一定比率で縮小したレイアウトを元に小さいサイズに描き、コンポジットの際にその逆数をかけてけてセルと合成する。おのずと筆目も誇張されることになるのじゃなかろうか。
 たいていのプロデューサーなり制作ならば、そんな面倒なことは否定してくれるのだが、田中栄子女史ときたら「いいんじゃない」と肯定してしまうのだった。
 「で、そんなことをお願いするとなれば、美術監督の人選がいっそう困難に……」
 と、いいかけたとき、栄子さんは、
 「西田さんって知ってる?」
 と、間髪を入れず、いってきた。
 「西田稔さん? 仕事したことはないけど……尊敬してます」
 「じゃあ、よかった」

 その昔、ファントーシュなる雑誌に、ランキン・バス・プロダクション製作、トップクラフト制作の『ホビットの冒険』の美術ボードが載ったことがあった。以来ずっと、カラーインクで描かれたというその色彩とその筆致が印象に残っている。その描き手が西田稔さんだった。
 「西田さんにお願いできるんですか?」
 「頼んでみる」
 どうも、4℃として仕事をお願いしやすい状況みたいなものが先にあって、こちらに振られた話だったらしい。なのでいくらか条件がついていて、ご本人は机を置いている会社から出られず、こちらの仕事場で机を並べての作業とはできないらしい。

 西田さんご本人が見えられて、これこれこんな具合の仕事なんですけど、と説明してみた。
 「はあ、はあ。じゃ、何パーセントに縮小して描けばいいか、試しを作って割り出しましょう」
 と、とても話が早かった。
 ふとした思いつきの「縮小BG作戦」であるのに、受け入れられるのがあまりにたやすい。大丈夫なんだろうか。
 いくつか原図を作り、86%、81%、70%と比率を変えて縮小したものを西田さんに託す。比率の設定は、コピー機のものそのままだ。逆数にして拡大しやすい。
 と、サンプル・ボード用の原図を西田さんにお渡しして、そのあと、さらに話をうかがってびっくりした。西田さんは、かつて、ヨーロッパを遍歴して渡り歩いたことがあるらしい。
 「石で組んだ壁とかよく知ってます」
 「空もベタじゃなくって、マチエールの残る質感のある空で」
 「ああ、じゃあ、色もグレーっぽくって」
 「晴れている青空がまったく青みの残らないグレーそのものでもよいかもしれません」
 1枚も描いてもらわない前から、色々と注文を出してしまう。ちょっとでもおかしなことをやってみたい作品でもあった。その許容範囲を広げておきたかった。

第113回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.01.30)