β運動の岸辺で[片渕須直]

第62回 みんなでがんばり中

 年末になってくると、それなりにあちこちで忘年会的な会合があるもので、そんな折、先日はとあるところのエレベーターの中で『鋼の錬金術師』荒川弘さんとご一緒してしまう、という個人的事件があった。たまたま間にいた編集者の方が、
 「この人が『マイマイ新子』の」
 と紹介してくださったのだが、すると、思いがけなくも荒川さんに、
 「あの!」
 といわれてしまった。
 「『あの』とはそちらのことでしょうに」
 などと内心思いつつも、『マイマイ新子と千年の魔法』が荒川さんみたいな方に「あの」といわれるようになったのか、というその部分に「事件」を感じたのだった。
 1年と少し前、2009年の秋、まだ公開前だった『マイマイ新子と千年の魔法』のキャンペーン・イベントをあちらこちらで催してみても、マニア的な反応が今ひとつで、先行きに不安だらけなものを感じてしまっていたものだった。案の定不安は的中してしまうのだが、幸いにもこのWEBアニメスタイルで応援していただき、氷川竜介さんほかアニメ評論家のみなさんがあちこちでこの映画について言葉を費やしてくださって、上映3週間目には辛うじて「ちゃんとした集客」にまでたどり着いた劇場も出てきていた。
 しかしながらいまだそこはかとない存在感の『マイマイ新子と千年の魔法』ではあったわけで、なんとかこの映画を人の目に届くようにしてやりたい、と応援を名乗り出てくださったのが、マンガ家さべあのまさんとお仲間の方々だった。マンガ家やイラストレーター、プロのクリエイターのみなさんで応援同人誌を作りたいのだけど、というありがたいお話だった。

 さべあさんは、元々はアニメーターになることを志しておられたこともあったといい、アニドウの集まりなどにもよく来ておられたので、かねてよりうちの夫婦そろって顔見知りという関係ではあったのだが、今回はものすごく熱心に応援の意を表明してくださって、恐縮の限りだった。結局、同人誌ではなく、ツイッター上で「クリエイターズ♪マイマイ新子」@creators_sinkoという展開を始めます、ということになった。プロ作家のみなさんがそれぞれに描いた新子たちキャラクターやご感想がそこに集められてちりばめられ、もったいない限りとなった。さべあさんの働きかけで、相当大勢のマンガ家の方々が『マイマイ新子』をご覧になったはずだと思う。それぞれのみなさんがありがたいお言葉をツイッター上に残してくださった。それは我々にとって本当に得がたい経験だった。
 さべあのまさんは、このような応援活動を展開するに至ったご自身の心的な経緯を、雑誌「フリースタイル」12号に寄稿しておられる。さべあさんご自作の「スージーちゃんとマービー」の最終巻(6巻)が、発売に至っていないこと、そうした「悔い」のようなものを世の中に残したくないこと、だから同じような境遇にある『マイマイ新子と千年の魔法』の立場にシンパシーを感じられたのだ、ということ。
 感じ入ってしまう。

 この「クリエイターズ♪マイマイ新子」で、たくさんのイラストを投稿してくださった中に、マンガ家の青木俊直さんがおられる。
 サッカー・ワールドカップの頃には、日本チームのユニフォームを着た新子と貴伊子が、草笛ならぬブブゼラを吹き、「負けるもんかいねー」といっている絵を描かれた。
 青木さんが描かれた、昭和30年の新子と同じ防府市立松崎小学校の制服を着た1000年前の少女たちは、よくあるパロディ絵みたいでもあり、でも、何か「そうあってほしい」という心のぬくもりみたいなものが籠もっていて素敵だった。
 青木さんには『マイマイ新子』の上映劇場でもしばしばお目にかかった。
 「監督とは同い年で、同じ8月生まれで、誕生日が8日しか違わなくて、名前が漢字4文字で、最後に『直』の字がついて、血液型も同じなんですよね」
 と、シンパシーを強調されてしまう。
 実は、青木さんが最も最近に出されたマンガの単行本「なのはなフラワーズ」が、1巻目のみの刊行で滞ってしまい、原稿はすでに揃っているにも関わらず2巻目を出せない状況に置かれてしまっている。だからこそ、『マイマイ新子』を、積極的に応援してくださっていた、という経緯がここにもあった。
 「自分にとって心に突き刺さった歌であるカーペンターズの『シング』が、『マイマイ新子』のあの場面でかかるのは、まるで自分がやったことのようなシンクロ感」という青木さんがいて、一方で、青木さんの「なのはなフラワーズ」をご覧になった永瀬唯さんから、「片渕さんのテンポ感と一緒だね」というご指摘をいただいてしまったりもする。
 事実、自作である『マイマイ新子と千年の魔法』を見ても泣けない自分が、「なのはなフラワーズ」を読んで、不覚にも目が潤んでしまっていた。やさしくって、ぬくもってるんだよね、人を見つめる目が。自分の映画がそんなふうに捉えられていたのなら、すごく幸せです。
 そんなこともあったので、青木さんには、ラピュタ阿佐ヶ谷で『マイマイ新子と千年の魔法』の上映後の舞台挨拶にゲストとしてご登壇いただいてしまった。
 「こういう作品が受け取るべき人の目に届かずに終わるべきではないですから」
 と、そこでも青木さんはおっしゃるのだが、同じことを思う我々は、「なのはなフラワーズ」の1巻を、今回の上映中のラピュタ阿佐ヶ谷で販売してもらっている。2巻もどうか発売されますように。何より、主人公・青ちゃんにもっと会いたいと、じぶんが思えばこそ、なのだが。

 「多様化」って、現代のキーワードだったはず、と思う。
 なのに現実って難しいもんだな、と思う。
 でも、何かそれを乗り越える糸口を、今回の自分たちの映画を巡る1年間を通じて、垣間見ることができたようにも思う。

第63回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(10.12.27)