β運動の岸辺で[片渕須直]

第29回 パイロット・フィルム

 3種類作られた『NEMO』のパイロット・フィルムのうち、我々が作ったものは「1984年版」とされている。一方で、これも自分がその完成に関わった劇場版『名探偵ホームズ』は1984年3月封切りということになっている。
 自分のおぼろげな記憶では、『NEMO』パイロットと劇場版『名探偵ホームズ』の前後関係がよく思い出せないのだが、印象だけでいえば、『NEMO』パイロットの方がどうも先だったような気がする。

 パイロット・フィルム冒頭、『NEMO』とメインタイトルが出る雲の上の王宮のカットは、パイロット・フィルム本体とは別に作った。このカットは本来、東京ムービー撮影部のマルチプレーン撮影台のカメラテスト用に作ったものだった。カメラテストのために、わざわざ山本二三さんに背景を描いてもらったものだ。
 今見直してみると、2、3段くらい組んだマルチのBOOK素材のフォーカスが外れすぎているような気がする。手前に立っている建物を置いたマルチ段が被写界深度から離れすぎてしまっていて、ボケすぎて、何が何だかわからなくなってしまっているのだ。そういう話は当時、撮影の長谷川肇さんや小林健一さんともしたような記憶がある。原図を持って相談に行ったときに、
 「雲なんかだといくらピンが外れてもそれなりに見えてしまうから、マルチ上段には何か建物みたいなものがあった方がいいんじゃないかなあ」
 と、撮影側からサジェッションしてもらって、BOOKの原図に建築物を描き足したのではなかったのではなかったか。
 カメラワークを担当する立場の自分としては、このカットのでき上がりを試写した時点で、申し訳なくも「せっかく作ったマルチプレーン台なのだが実用的価値なし」と、判断せざるを得なくなってしまった。マルチプレーン用としては台の設計に問題がありすぎる。むしろ、モーション・コントロールの機能がオプチカル合成のマスク作成に便利なこと、TB(トラック・バック)時の引き切りサイズの大きいこと、このふたつのポイントは有利に使えると思った。そうしたことから、パイロット・フィルム本体を作る頃には、オプチカル合成の積極的使用の方に考え方を転換している。同じようなカメラワークを表現するならば、オプチカル合成使用の場合はパンフォーカスで行うことになるので、全体の画調に馴染むように思った。
 ただ、実際に行ってみると、オプチカル合成は合成ラインが黒々と出てしまうのだった。マスクは撮影台上で作っているのでさほど問題があるとは思えず、どうも、オプチカル・プリンターへの信頼感が個人的には弱まってしまうところだ。「そういうことになっちゃいそうそうだなあ」という予感もあり、経済的にもあまり羽目を外すわけに行かなかったので、何でもかんでもオプチカル合成にまかせるということは避け、できる限りのところまでは、撮影台上の処理で済ませられるようぎりぎりまで考え抜いた。オプチカル合成を使ったのは、当時の自分としてやむをえないぎりぎりのところだったと思っている。
 構図が縦に入った画面の奥行き方向の移動が多いというコンテの意図を再現する上で、これはちょっと撮影台上では無理なのではないかと思えるクロス引き(引き方向が平行ではない密着マルチ)まで考えざるを得なくなり、撮影に相談してみたが、「なんとかやってみます」といってもらって、オプチカル合成に回すのを避けられたカットもある。
 普段なら密着マルチといってもBOOK‐A、‐B、‐Cあたりですんでいるものが、今回は空から街中まで急降下するニモたちを1カットで表現するために、BOOK‐L、‐Mあたりまで使わなくてはならなくなったカットも出た。階差数列を作って各BOOKの引き速度を割り出した上で、いくつかのブロックに分けて別撮りし、オプチカル合成で組み立てた。
 こうしたあたりのノウハウは、すっかりそのまま、後年「大砲の街」(『MEMORIES』)に流用して、もう一度同じことをやっている。

 このパイロット・フィルムは、元々は高畑さんの監督時期に友永さんが描いていたストーリー・ボードをベースにして、今回の目的に合うように構成しなおしたコンテを近藤さんを中心に相談して作成した。近藤さんには「密着マルチの不思議な感じが欲しいから、そこ頼んだ」と要望されていたので、こちらからもいくつかアイディアを出したり相談した記憶もある。何カットか『名探偵ホームズ』そのままのカットも作ってみて、さらにその先に何か付け足すことを考えてみたりもした。ポリィを乗せたプテラノドンがテームズ川に出るところを、カットを割らない1カット処理でやり直してみたかったのだ。
 宮崎さんは、こういう背景動画のときの水面にベタを使うのだが、このパイロット・フィルムでは水面に差す月光を表現するためにグラデーションを深くとってみたりもした。この辺は後日『魔女の宅急便』に応用しようとして、「水面はベタでいいんじゃないか」という宮崎さんにちょっと逆らってみたりもしてしまった。

 電車のライトも前を通りかかるとき、キラッと輝くライトの光の感じを作るのも、自分なりに考えて素材を作ったところだが、今見直してみてもまるで何ということはないのだが、五里夢中だったあの当時はなんだか必死になっていろいろ考えていたんだなあ、などとあらためて思う。

カットナンバー

内容

メインタイトル マルチプレーンのテストカット

ニモの家外観 BGONLY

ニモとオーメン

ニモBS(バストショット)

3のポン引き オーメンなめのニモ

切り返し オーメン

ニモBS

ニモ、オーメンに手を引かれ、ベッドに乗る

室内を登ってゆくベッドの見た目移動 密着マルチ

ベッド、上昇から降下に

10

急降下するベッドの見た目移動 背景動画

11

夜空を落下するベッド上のニモ 降下おさまり

12

眼下に広がる街の夜景 密着マルチ

13

ニモBS オーメンに気づく

14

オーメンの飛行機、月の手前を過ぎって降下、ニモの頭上を過ぎる

15

ニモ

16

ニモなめオーメン機

17

オーメン、ニモを誘う

18

オーメン機、急降下 つけPAN

19

ニモ、ベッドを降下させる

20

ニモのベッド降下 つけPAN

20

ニモのベッド降下 つけPAN

21

2機降下 空から街の中へ 多重密着マルチ オプチカル合成

22

曲がった通りを2機通過 怒る警官 『ホームズ』からの引用

23

ベッド、路面電車のライト手前を過ぎる

24

2機通りを移動、川面に出る 背景動画 『ホームズ』からの引用から発展

25

川の上を飛ぶ2機、前から

26

ニモのベッド、横Follow 川面でバウンド

27

川の上を飛ぶ2機、後ろから 密着マルチ

28

オーメン機、接水

29

壁になった水しぶき、ニモに迫る

30

切り返し、ニモのリアクション

31

オーメン機、蛇行

32

水の壁を突き抜けるニモのベッド

33

オーメン機、橋の下へ

34

オーメン、端をくぐる

35

ニモ、迫りくる橋へのリアクション

36

橋桁、ニモに迫る

37

ニモ、橋の底にベッドをこすらせ、向こう側へ

38

ニモのベッド、川面をジャンプ 川面に移る摩天楼群が実体に見える

39

摩天楼のあいだを飛ぶベッド 密着マルチ

40

頭上に水面があり、上下逆さに飛ぶオーメン機が、裏側から見た滝へ向かい、飛び込む オプチカル合成

41

ニモのベッド、移動 クロス引き密着マルチ

42

ニモのベッドも滝の裏側へ向かい、飛び込む

43

滝の向こう側、摩天楼が廃墟化した怪しい世界に出る オプチカル合成

44

見た目移動、背景動画 正面にビル迫る オプチカル合成

45

ニモBS

46

ニモのベッド、ビルを避けようと急上昇 背景動画 ぶつかって空中分解

47

墜落してゆく

48

ベッドから落ちて目覚める

49

その引きサイズ

第30回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(10.04.19)