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COLUMN
板垣伸のいきあたりバッタリ! 第122回
黒澤映画を観ていると……


「はっはー、いるんだよなあ。黒澤さえ観てりゃ実写を知った気になるアニメーターってのがよお〜」

 って、以前とあるキャラデの方に失笑された事があるんです。俺みたいな若造がレイアウトチェックをしながらポータブルDVDプレイヤーで生意気に黒澤映画を観てたからちょっかい出したかったんでしょう。
 そのキャラデの方はさらに続けました。

「じゃ、君は溝口(健二)とか成瀬(巳喜男)、今井(正)とか知ってるのかね?」

 ――と。俺、お言葉ですが、

「ああ、知ってますよ」

 って答えると、その方はややバツ悪そうに去って行きました。そりゃ、アニメとはいえ演出をやってる者として、ある程度の古典映画は観てます。それこそ、小津安二郎とか山中貞雄も。
 でも、以前にも少し話題にしたと思いますが、自分は

“映画を何本観たか?”とか“やっぱ、古典を知らないとカッコ悪い”

  とかな“映像インテリ”を気どりたくって「黒澤映画好き!」と言ってるんじゃありません。出崎(統)さんや宮崎(駿)さんといった名だたるアニメ監督が、好きな映画で黒澤映画のタイトルを挙げているからでもありません。

 自分が黒澤明監督に興味を持った最初は小学生の時です。

 小学6年生の時の担任がもの凄い“芸術至上主義者”で、自らもチェロ奏者としてTVの取材が来るような……何と言うか、音楽とか絵画に異常に怖〜い女の先生でした。どのくらい怖〜かったかと言うと、昼休みの校内放送で当時のアイドルソングやアニソンが流れると、「こんなのは音楽じゃない!」と激怒してスイッチを切ってしまって生徒たち全員ドン引きだったり、クラスで合唱する際、もうすでに声変わりを迎えた汚ねえ声で歌う男子に「お前らは口パクしろ! 声を出すな!」と言ったりで……。音楽が専門だったみたいですが、美術にも充分こだわりがあったためか、絵を描くのが好きな俺を“伸ちゃん、伸ちゃん”と呼んで結構可愛がってくださった先生です。悪く言えば“自分の価値観を押しつける”教育者で、現在の教育現場ではあまりよくは思われないでしょうが、俺は好きな先生でした、たぶん。少なくとも20年以上も憶えてるんですから……。
 その女先生がある日、何を血迷ったか黒板に“影武者”“乱”と書いて、一方的に

 黒澤明の芸術について!

 を熱く語り始めたんです。完全に彼女の趣味の話にクラス全員が1時間つきあわされたわけ……。今考えても我々団塊ジュニア世代に、しかも小学生に向かって黒澤の話をしても、生徒一同キョト〜ンとなるのはあたりまえでしょう。

 だって、当時は「乱」公開直後。前作の「影武者」は5年前だから小学1年生。さらに前の「デルス・ウザーラ」は2歳です。皆が言う黒澤黄金期の映画なんてTVですら観た事がありませんでした(自分が物心ついた時のTVは再放送ですらモノクロ映像なんて観た記憶はないし、ビデオなんて金持ちしか持ってなかったですから)。だけど、個人的には凄くインパクトがあった授業で、その時はじめて“画作り”って言葉をおぼえた気がします。そして、

 紙に描いたものだけが画じゃない!

 って事も。でも、板垣が小学生の頃の黒澤体験(?)はたかがそこまでで、自宅にビデオもなかったので黒澤映画を観る事はできずじまいだったんです。
 で、次は中学の時。たしか、現代国語の教科書で黒澤監督の「素晴らしき日曜日」が紹介されてました。その項がどーいう流れで黒澤映画に辿り着いたのかは憶えてませんが、有名なラスト――無人の野外音楽堂で雄造(沼崎勲)がタクトを振ると誰もいない舞台からオーケストラが聞こえてくるというシーンが解説されてて、とても興味引かれました。中学生ながら頭の中で、

「ああ〜、これはたぶん美しい場面なんだろーなあ」

 って観てみたい! と思ったものの、まだビデオがなくって観れませんでした(名古屋でも探せば名画座みたいなのはあったでしょうが、中学生の自分じゃそこまで知恵がまわるハズもなく)。
 ついに初めて観た黒澤は高校に入ってから、「八月の狂詩曲(ラプソディー)」。劇場で観ました。でも正直……

 ピンときませんでした。

 いや、小学生の頃、あの女先生が言ってたとおり、画作りは丁寧で視覚的な感動は充分なんですが、ドラマ的にはやや説教臭く(つきつめると、映画でテーマを語る=説教、なんでしょうが)、子供たちも老人から見た子供たちで全然リアリティを感じませんでした。今観るとこの映画、説教と言うより遺言であり、“老人から見た子供たち”ではなく“子供たちにはこうあってほしい”という“願い”だという事がわかるんですが、当時リアルタイムで観た俺にはピンとこなかったわけです。
 ただ、ラストの豪雨の中、傘を持って走る婆さん(村瀬幸子)のシーンは当時観た時も今観てもパワフルでやっぱり感動します。
 その後、本格的に黒澤映画を観たのは上京してからになります。それはまた次回で。



(09.06.11)

 
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