板垣伸のいきあたりバッタリ!

第222回
アニメーター講座(5)

 現在監督中の新作に関するお話は再来週(第224回)あたりから書けそうなので、もう少々アニメーターのお話。「講座」ってサブタイ入れてるのに中身は「心得」ばっかりなんですが今回も——。


アニメーター心得 その5

アニメ雑誌は必ず読もう! 見よう!

 これまた「アニメの仕事に就いたならばこそアニメ誌など見るんじゃない!」的な事を仰る巨匠が以前いらっしゃいました……というかそーゆーインタビュー記事を見た事があります、「アニメ誌」で……。そもそもアニメクリエイターは多かれ少なかれアニメ誌の恩恵を受けてるわけで、それが「アニメ誌を見るな」って一体何を言ってるんでしょうか? 別に先達の説教全体が悪いと言う気は毛頭ありませんが、今の若い人たちには、権威者の言う事をなんでも真に受けず、堂々とアニメ誌を開いてほしいんです。アニメーターがアニメ誌を見る(読む)べきだ! という理由はみっつあります。
 まずひとつめは月並みだけど「画の流行り廃りを感じるため」です。これも「アニメーターの本領は動きだろ!」と仰る先輩たちがたくさんいらっしゃるのは覚悟してますし、実際自分もアニメーターは動きを描けてナンボだと思います。それに画の価値観は単に「古い」「新しい」だけで計られるものではなく「よい画」か「悪い画」かの方が重要なのも分かってます。ただアニメのキャラクターは実写で言うところの俳優にあたるわけで、それが歳を経らない事こそがアニメの利点でもあるわけです。某プロデューサーも「アニメの商売が当たると大きいのは何年経っても続編が作れる事だ」と言ってました。つまり、実写の俳優さんは年を経るから何十年にも渡るシリーズを作れないけど、アニメの場合はまあ声優さんの問題さえクリアすれば何十年に及ぶシリーズが可能です。なにせ画で描かれた役者さんですから……。よってアニメーターは役者さんであり、その役者たるアニメーターは「今流行りの俳優・女優をちゃんと感じるべき」なんです。ものはアニメだから、髪型・服装以外にも「粋なハイライトの入れ具合」や「まつ毛の描き方」などまで……。あえて毒を吐くと、1995〜2000年代初頭のアニメバブルの頃「自分は若手・最先端だ」と信じてたアニメーターさんたちが今の現場で「なんで俺の描いた画がダメなんだ! 俺はこれで10年食ってきたんだぞ!」的反抗で周りを困らせてる事実があるんです。幸い(?)自分はそのアニメバブルの時期のほとんどはテレコムで海外との合作がメインだったため「自分の画が最先端だ」などと傲る暇もまったくなく、原画教育の上でも「お前の個性なんてどーでもいいから、とりあえずウチで使える原画マンになれ!」って感じの教えを受けてました。だからアニメ誌を見てもいまだに「ほぉ〜、なるほど……今はこうなのかぁ」という視点なんです。実際「板垣さんのは古い!」と言われる事はちょくちょくありますが、別に傷つきもせずに若い人たちの表現を受け入れたりしてきてますし。話が逸れましたが、要は長くアニメーターを続けたいと思ったら、今ウケてる画を感じる(知るまではいかなくてもせめて感じる)のが重要だという事です。そしてそれを感じた上で、アニメ誌を見て今の流行り7割に対して新しい事2割、そして自分が「コレだ!」と信じてる古典的要素をほんの1割すべり込ませるのが優れたアニメの画だと板垣は思ってます。
 で、ふたつめは「アニメファンを感じるため」です。前項と似ているようでややニュアンスが違ってて、つまり良くも悪くも現代のアニメファンの声を最も反映させ(ようとし)てるのがアニメ誌です。アニメの作り手って年数を重ねると徐々に「どーせいくら最高のモン作っても今のアニメファンたちが見るのはあのキャラがカッコイイだの可愛いだのなんでしょ」ってスネが出てきます。確かにどこぞの少年マンガのアニメ化の話になると、演出・作画なんぞより、イケメンで声優で〜の方がメインの話題にのぼるでしょう。でもそこでアニメーターはスネるんじゃなくアニメ誌を読んで「自分が参加した作品を喜んでくれてるアニメファンの声」に耳を傾けてみましょう。ま、今だとネットなどに上がってるアニメファンブログなどもありますが、雑誌の方が編集方針なども加わって広く一般的な意見を吸い上げる事ができて嬉しいものです。少なくとも板垣は自分が絵コンテや原画を描いた作品を喜んでくれてるファンがいた時は嬉しく感じます。それがイケメンや声優話であっても。
 そしてみっつめは「仕事探し」です。いや、単純に「あ、この画描きたい!」でその作品の仕事を取るわけです。自分の周りの先輩アニメーターさんが言ってました、「(手元にあった某アニメ誌を手にして)これはアニメーターの『フロム・○ー』だ」と。余談でした……。

 というわけで

(11.06.23)