板垣伸のいきあたりバッタリ!

第218回
2000年代の出崎アニメ(2)

いよいよ語れる出崎作品が残り少なくなってきました!

 まず先にお詫び……というか残念というか、「情報求む」かもしれませんがKYOTO手塚治虫ワールドのみの公開作品である『ASTROBOY 鉄腕アトム特別編』(「アトム誕生の秘密」「イワンの惑星」「輝ける地球 あなたは青く、美しい…」)はまだ観てません。非常に残念で無念です。今、どーやったら観る事ができるのか? ご存知の方、情報お待ちしております(編注:ネットで配信しているようです)。
 で、『ULTRAVIOLET Code 044』。これ原作が相当残酷な実写映画だったので「ちょっとな〜」な気分で観たんですが、アニメの方はまぎれもなく出崎作品でした。もちろんDVDも全巻持ってます! なんとなくSF世界が『白鯨伝説』を彷彿とさせますが、内容はこちらの方が大人向けで044(フォーティーフォー)のモノローグや「終わりのない敷石道〜云々」の夢のあたりは劇場版『CLANNAD』とダブったり。何しろこのシリーズはとうとうやりました出崎さん、

全話脚本・全話コンテ!

を。それゆえ、『白鯨伝説』や『雪の女王』以上に監督ご自身が先のまったく見えない闇の中にコンテ用紙と鉛筆を持って身を投じた格好で、観てるこっちもかなりスリリングでした。よくアニメのコンテについて語る際「脚本が使えなかった」とか「コンテと脚本、まるで内容が違う」などと話題になるし、出崎さんもオーディオコメンタリーやインタビューなどで「脚本どおりにいってたまるか! と思ってコンテきってんだよ」って仰ってたりします。でも、たとえ使えなかったとしても脚本さえあれば、コンテにする時の道標として「少なくともこっちへ進んだらダメだ〜」くらいの機能は果たしてくれるので、先を考える上での選択肢は半減します。そういった「負の道標」すらもなく「ぶっつけコンテ」って……。しかも比較的(あくまで比較的)熟考するスケジュールのある劇場1本勝負ならばできる監督もいるでしょうが、毎週放映があるTVシリーズでそんな事できる監督いますかね? しかもオリジナルストーリーで。もう出崎さんしかいないでしょ、それできるの。あと個人的に嬉しかったのが第1話冒頭の暗殺シーンが自分の監督作『BLACK CAT』(2005〜2006)の第1話とどことなく似てた事。主人公が殺し屋で暗殺するターゲットが○○ってトコが……。いや、もちろん偶然だし、自分の方が先にやってたとかを自慢したいんじゃないんです。だってシーンの組み立て、カット割りとも出崎さんの演出には遠く及ぶはずもなく、実際並べられるものでもありません。ただ、本当にただ、もしかするとほんの一瞬でも「同じネタを考えたのかも?」と思ったら「嬉しかった」というだけです。話が逸れましたが、『ULTRAVIOLET』まさに大人のアニメだと思います。もっと話題になってもいいんではないでしょうか?
 そして最後、『源氏物語千年紀 Genji』。もともとは某有名な光源氏マンガが原作だったのですが、放映直前で原作が引き上げられて『Genji』となった作品です。出崎監督ご自身、インタビューで、脚本とコンテの内容が違ってて云々と仰ってましたが、結果、自由に出崎作品が作られて、それが観られた俺は幸せ者です。平成の世とは違った倫理観で描かれる男女の恋愛模様、正直自分にはついていけない部分もあるんで(紫式部の「源氏物語」自体ピンとこない俺がお子様なんでしょうが)、主人公・源氏もいきあたりバッタリに女性を口説くイヤな男にしか見えません。ただ、さすが『ゴルゴ13』なども手がける出崎さん、主人公に感情移入できないままでも十分にドラマに引きずり込んでくれます。しかも凄く上手に! 出崎さんは以前インタビューで、

自分自身がその登場人物の事をすべて理解するのではなく、分からない事を分からないまま描く!

みたいな事を仰ってたのを思い出します。それって脚本に縛られるとなかなかできないんでしょう。『Genji』も脚本はあるものの出崎さんの全話コンテで、かなり自由奔放にやりたいように演出してるから、源氏みたいな男が嫌いな俺ですらのめり込ませる力を持ってるという気がします。着物の模様が光って浮き出るなどの映像も特に美しく、これぞドラマと映像表現が深く絡み合ってる出崎演出の極み。あとはやっぱり何より、

出崎監督の描く女性たちのカッコよさ!

でしょう。今まで『エースをねらえ!』のお蝶夫人や『おにいさまへ…』の宮さまなどプライドに命をかけるおネエさんから、同じく『エースをねらえ!』の岡ひろみのように部活や恋にひたすら一途な元気少女、劇場『BLACK JACK』のジョー・キャロル・ブレーンのようなインテリ悪女、とにかく出崎さんはすべての女性キャラを肯定的に描いててとても魅力的です。『Genji』では、第5話「宿世」で、源氏の子をはらんだ藤壷が源氏との決別する時、虚空を見つめ「これからは強くなるつもりです!」と言う彼女のカッコイイこと! 観る者の心に染みるようにちゃんと演出できていれば台詞なんて凝る必要はないんです。むしろ単純な言葉の方がかえって効果的なくらい。その他、源氏のまわりにはいろんな女性が乱舞しますが、出崎さんはその美しさだけじゃなく醜さも含めて愛してるんだと思うし、出崎さんのまわりにもリアルに数々の女性が乱舞したに違いなく——つまり、

『Genji』は出崎監督の自叙伝!!

です(後半は板垣の妄想)。DVD全巻買ったのも当然の事で、最終巻には出崎監督のしゃべりが聴けるCD(ミカドラジヲ完全版)が嬉しい特典でした。

 ……というわけで、かなり駆け足で出崎作品の1990年以降を語ってきましたが、まだまだ足りません。ここまでで体感ではまだ10分の1未満です。ただ、出崎さんの訃報・追悼記事などで『あしたのジョー』や『エースをねらえ!』『ガンバの冒険』『ベルサイユのばら』などはネタにされるのに、OVAや1990年以降の作品がほぼ黙殺されてる感があったし(よくて『ブラック.ジャック』まで)、酷いのになると「入射光や分割画面、止め画などの演出技法を始めたアニメ監督」的なのには、残念を通り越して怒りすら覚え、今回筆をとった限りです。あえて意識的にストーリーを語りすぎないように解説(にもなってないか?)したのは、未見の方に是非本編を観てほしかったからでした。本当、まわりからも訊かれるんですが「なぜ、そこまで出崎統!?」かといえば、それは、

いつまでも「人間」を描いている監督だから!

です。アニメの監督に限らず実写映画の監督(黒澤監督ですら)でも、ある年代を境に(え? ナントカ賞や○○賞をとった後とかまで具体的に言うつもりはありませんよ!)、

「人間」ではなく「人類」と「世界」を描く

ようになるんですよ。誰とは言いません。明らかに神様視点で見下ろした作品を発表するようになる人が多いんです。ところが観てください、出崎作品を! 常に我々お客さん(視聴者)と同じ目線で道を切り開こうとする人間たちが主人公でしょ! しかも時代に流されません。特にアニメって賞味期限が短く、自分も昨今アニメ作りの現場でよく「今のお客さんはコレやると引く!」とか「こうしないとソフトが売れない!」とプロデューサーさんらに言われて大概従ってしまう(あくまで前向きにですよ!)し、もし巨匠クラスの方ならその流行に流されないくらい高い位置にご自身を置いて雲の上から俯瞰して「人類」を描くとかでそこから逃れるんでしょうが、出崎さんはそうしないで、あくまで我々と同じ地上で流行廃りや今の若い人たちに対して敢然とノーガード戦法で立ち向かったんです(最後まで)! そんな気がするんです。別に雲の上からの俯瞰目線が悪いとは思わないし、そーゆー映画・アニメで好きな作品はいっぱいあります! でも俺が本心から尊敬するクリエイターは一般の人たちと同じ地上、同じ目線で絶対不利ともいえる現状で、ノーガード戦法から渾身のクロスカウンターを狙う監督。で、出崎統様なのです!

 ……なんとかまとまった(ホッ)。

(11.05.26)