アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その91 写植作業について

 『FILM1/24』の文字は写植(写真植字)を使っていました。現在はDTPで版下・製版までの編集作業を一貫して行えますし、そもそも写植自体が一般的なものではないのでご存知ない方も多いかと思い、今回はその説明をしてみたいと思います。
 写植が一般の方の目に触れる場面といえば、テレビや映画でマンガ家と編集者が出てくるシーンではないでしょうか。マンガ原稿の吹出しの中に編集者がセリフの文字を貼り込んで行く場面を見たことがある方もいると思います。あるいはマンガ展等で生原稿の中に貼られている白い台紙付きの文字を目にしたこともあるかと思います。あの文字が写植です。
 写植は、簡単に言うと写真と同じ印画紙に文字を焼きつけたものです。文字は写植オペレーターが原稿を元に1文字ずつ写植機を使って印字していきます。光学式のタイプライターのようなものと言えばイメージが湧くでしょうか。文字のネガをレンズで拡大変形することで、様々な大きさや斜体等に対応できます。書体も明朝、ゴシックをはじめ様々あり、常に開発され続けていました。
 写植にはこれを発明した写研と、モリサワという二大メーカーがあり、それぞれに書体等が少し違っています。私たちは写研の書体の方を好んで使っていました。
 写植を専門の業者に発注するには、まず原稿用紙に書かれた原稿を用意しなければなりません(ワープロもパソコンもない時代の話です)。こちらからお願いした執筆者の方々は原稿用紙に書いてくれますが、途中で手書きから活字に変更した読者のお便り欄は、使用する手紙の必要箇所を抜き出して原稿用紙に書き写さねばなりません。間違わないように書き写すのは案外気を遣う作業で、これは気が回って文字も読みやすい女の子たちによく手伝ってもらいました。この、読者の手紙からお便り欄に使えるものを選ぶのは、私にとってとても楽しい仕事でした。
 コラムやお知らせ、編集後記等は号を重ねるうちにレイアウトの型が決まってきましたので、1行あたりの文字数に合わせて赤鉛筆で線を引いた原稿用紙に直接書いて行きました。
 その他の原稿は400字詰め原稿用紙を普通に使って書かれていますので、ページごとのレイアウトに合わせて1行あたりの文字数を決め、その文字数ごとに改行の印を赤鉛筆で書き込んで行きます。ここで数え間違うと全部違ってしまうのでこれも単純ながら神経が必要な作業です。ここでもお手伝いの人たちが活躍してくれました。
 写植は書体見本帳から使用する文字の種類(書体)を選び、透明プラスティック製のQ数(級数)表で文字の大きさとH(歯送り=文字間)を決めます。余談ですが、この書体見本帳とQ数表は30数年を経た今も手元にあり、かつてPTA活動で広報部を担当した時に大活躍しました。PTAでは普通は文字指定までしてくる人はいないそうで印刷所の方に大いに感心されたものです。
 そうしてできた原稿を印刷会社に発注すると、約30センチほどの大きさの印画紙にタイトル、キャプション、本文が写植でベタ打ちされた状態で上がってきます。それを、青い線の升目が入った版下台紙に貼り込んで行きます。この貼り込み作業は普通は印刷所でしてくれるのですが、少しでも経費を抑えたいので自分たちでする道を選んだのでした。
 印画紙が上がってくると、まずざっと目を通して誤植や抜けをチェックします。大きなミスはその段階で打ち直しに出します。写植印字の段階でオペレーターの人が誤植に気づいて印画紙の横の余白に正しい文字を打ち込んでくれている場合もあります。
 それから貼り込みになりますが、作業は結構複雑で、まず、文字の打たれた印画紙を三角定規を使い直角を保ってカッターナイフで必要部分だけカットします。これをページごとのレイアウトに従い、写真やイラストの入る部分を空けて、ペーパーセメントで貼り込みます。筒状の容器に入ったペーパーセメントは使用中にどんどん揮発してしまうので、必要に応じてソルベントという溶剤で溶き、容器の蓋の裏についた刷毛で塗っていきます。作業中はシンナーのような匂いが発生して部屋が臭くなります。たまに空気を入れ替えないと頭がくらくらしてくるので注意が必要です。後に荻窪に事務所を構えて数人で一斉に貼り込みをしていた追い込みの時に、たまたまビルの大家さんが部屋に顔を出したことがあったのですが、シンナー臭の立ち込める部屋にたむろする住人以外の若い男女数人を見てなんと思ったことでしょう。あまり想像したくありません。
 写植の貼り込みのポイントは行が曲がらないように水平に貼ることです。行の文字列に定規と三角定規を当てて直角を保っているかチェックしながら貼ります。つい印画紙の角に合わせがちになってしまうのですが、それだと微妙に曲がってしまうので注意が必要でした。私は勘によるフリーハンドを旨とするアニメーター姿勢が染みついていたためかよく曲がってしまって、版下チーフの五味君に注意されたものです。複数枚の写植を同じ行に貼り合わせる時も文字間に気をつけなければなりません。
 間違って貼ってしまった写植は剥がして貼り直しができますが、ペーパーセメントは時間が経つと固まってしまうので、そんな時は溶剤でペーパーセメントを溶かして剥がします。また貼り込んだ写植の縁には乾いたペーパーセメントのはみ出しが残りますが、それはラバークリーナーできれいに取り除きます。ラバークリーナーは名前のとおりゴム製で、厚みのあるボコボコのテープ状をしており、セロテープのように巻かれたものを切って使っていました。マンガ原稿の仕上げの消しゴムかけに似た作業です。
 貼り込みが完成した台紙には半透明のトレーシングペーパーをかけ、全体を読んで誤植を探します。誤植部分にはトレーシングペーパーの上から赤ペンで丸印をつけて正しい文字を書き入れて打ち直してもらいます。この校正には数人がかりで力を入れたつもりなのですが、最後まで誤植とは縁が切れませんでした。弁解になりますが、誤植は文字を使う仕事にはつきもので、様々な分野で伝説的な誤植が発生していたりします。
 誤植部分の貼り直しはまた大変で、誤植文字の周囲にカッターで四角く切れ目を入れ、印画紙の表面だけを薄く剥がして取り除きます。同様にして正しい文字も剥がし、誤植文字を除いて空いた部分にピンセットを使って貼り込みます。『1/24』の本文文字は2ミリ四方ほどの大きさなので神経を遣いました。うっかりすると剥がした文字がどこかへ飛んでしまうのです。旧字や中国文字等、通常の文字盤にない文字の場合は、その部首や文字の一部を含む文字をまとめて打ってもらい、必要な部分だけを切り出して貼り合わせひつの文字を作る、という高等技術を使ったりもしました。例えばの話、SMAPの草なぎ剛さんの「なぎ」の漢字などは弓偏のある文字と、小さく打った「前」「刀」の3文字を貼り合わせて作るのです。随分後にワープロが普及した頃には、この方法の応用で画面上で外字を作ったものです。
 写真やイラストの図版は写植とは別扱いで、それら1枚ずつにトレーシングペーパーをかけ、レイアウトの大きさに従い、対角線を利用して必要部分の縮小指定をします。理数系な作業です。間違わないように天地の指定もしておきます。版下台紙の図版が入る部分や罫線には定規とロットリングで線を引いておきます。ロットリングは随分使い込んで何本も使い潰したものです。
 こうして全ページの版下台紙と図版が揃って初めて印刷に出すことができます。本当は場面に応じてもう少し複雑な作業の場合もあるのですが、ここでは概略に留めておきます。現在ではDTPやデータ入稿の普及で、パソコン1台あれば誰でも商業誌同様の見栄えのいい誌面を作ることが可能になりました。写植の貼り込みという過去の技術を知る人も少ないかと思われます。今にして思えば、全くの素人集団でよくもこれだけのことを毎号やり続けられたものですが、これも若さとアニメーションに対する情熱のなせる業と言えるでしょう。

その92へつづく

(10.09.24)