アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その52 アド5での仕事

 私が入社した当時のアド5はちょうど創映社の『ハゼドン』の作画が終わり、次の仕事としてタツノコプロの『けろっこデメタン』と東映動画の『バビル2世』に入るところでした。『デメタン』は田島実さんが中心になって原動画を、『バビル2世』は岡田敏靖さんが各話作監を受け持ち、小林慶輝さんたちと共に原動画をこなしていました。私はその時々の仕事の進行状況によって両方の動画をもらって描いていました。どちらとも、できる限りの力で真剣に仕事に向かってはいましたが、『デメタン』の頭でっかちなカエルたちのキャラや、池のボスによる弱い者いじめになりがちな展開はどうも好きになれませんでした。
 一方の『バビル2世』は荒木伸吾さんが初のキャラクターデザインを手掛けられた作品で、後に美形キャラで一世を風靡する荒木さんの持ち味がうかがわれ、またアクション中心のストーリーは、見ていても動画を描いていても爽快感がありました。菊池俊輔さんの音楽、水木一郎さんの主題歌もまた痛快でした。
 現在と違い総作画監督制はなく、キャラも動きも各プロダクションのアニメーターの個性に任されていましたので、回によって微妙な、あるいは素人目にも分かるほどの差があります。そうしたアニメーターごとの、また演出家ごとの個性を見分けて楽しむことも、この当時のアニメファンの醍醐味だったのです。
 キャラクターデザインをした荒木伸吾さんが作画監督を担当された回はさすがに絵も動きも美麗なものでしたが、岡田敏靖さんが担当された回も端正なキャラと黒ヒョウ形体のロデムのしなやかな動きがさすがで、とても好ましく見えました。岡田さんが描いたバビル2世のアオリの顔で、開いた口の中に見える歯を、口蓋に沿って湾曲させた形で奥歯までを立体的に描かれているのを見た時は、驚きました。キャラクターの歯は、劇画タッチの作品でも、開いた口の中に前歯と舌を記号的に配置するのが普通の描き方だったからです。ただ当時はひたすら仕事をしていてTV自体を見ることが少なく、他社のアニメ作品もあまり見てはいないので、もしかしたら他に前例があるのかも知れず、岡田さん独自の描き方と断言はできないのですが。
 現在は各地にアニメ専門の学校や学部があり、卒業時に作画の基本はすでに身につけているのかも知れませんが、当時は、動画はとにかく鉛筆を動かして、実践の中で覚えるものでした。動画の線にしても、近年は1本につながった抑揚のないきれいに引かれた線が求められるようですが、当時は原画の味わいを生かす、強弱のある生きた線を引くことが肝心でした。原画そのものも、何本ものラフな線で描かれる方も中にはいるので、その線の中からどれを選ぶかも動画の腕の見せどころでした。私はそれまでの経験で、原画のクリーンアップとしての動画の線は何とか引けるようになっていましたが、主に止め、目パチ口パク、手を上げる等のごく簡単な動画しかやったことがなかったので、アクションシーンの多い『バビル2世』は、毎日がひたすら勉強でした。歩きや走りの基本的な動きもここで一から教えてもらいました。岡田さんはとても教え方が上手く、例えば走りの繰り返しの中間ポーズの動画を描く時に、右足を前に出した時と左足の時とでは、ほんの少し足の角度をずらして描くと、動いた時に早い動きであっても残像が変にだぶって見えないことや、走っている上半身のアップの時の頭の位置のローリングの上手い取り方や、人物が左から右へ、あるいは逆へ振り向く時に、まず目の中の瞳から先に動かし、髪の毛等は後に残すように描くとスムーズに見えること等、実戦的な動画のコツを優しく分かりやすく丁寧に教えてくれました。私が考えすぎて変なポーズになってしまった動画を描いて持っていっても、決して笑ったりせず、その場で修正用の動画用紙を重ねて描き直してくれながら、ここはなぜこういう動きになるのかの理論も含めて教えてくれました。とにかく上手い上に人当たりがとてもソフトで、技術と人柄の両面から私はすっかり岡田さんに心酔していました。男の人の中には、相手が自分より下と見るや居丈高になったり、露骨に見下した目で見るタイプの人が時折いますが、岡田さんはそんなことが全くない、本当に尊敬に値する方でした。

 東映動画のスタジオがすぐそばなので、作品の初号試写には皆で歩いて試写室へ見に行きました。自分の描いた動画が大画面に映し出されるのを見るのは、TVで見るのとはまた違って緊張感があります。アニメーターはストーリーよりも自分の担当した箇所が上手く動いているか否かだけを見ます。上手く動いていれば心の中で「よし」と思い、そうでない場合はどういう動画を描いたかを思い起こしてどうすればよかったかを考えます。
 自分の描いた絵がTVに映っただけで嬉しく、興奮して飛び上がって歓声を上げた『赤胴鈴之助』の頃とは少し違う地点に、ようやく私も来ていました。
 『バビル2世』では、初めて自分の名前(富沢洋子)が動画スタッフとして何回か画面に映りました。当時は家庭用ビデオのない時代でしたが、ずっと後になって再放送の時に録画しました。現在はケーブルTVや様々なネット配信もあり、遥かな過去に自分の携わった仕事が時を越えて存在し続けて行くことに少しの恐れを感じてもいますが、それだけにアニメーターがやり甲斐のある仕事であることも間違いないと言えるでしょう。

その53へ続く

(09.03.19)