アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その38 素晴らしきフィルムセンター

 1971年11月。京橋のフィルムセンターでとてもありがたい上映企画がありました。アニメーションの世界を展望する「アニメーション映画の回顧」という企画です。
 フィルムセンターというのは通称で、正式には東京国立近代美術館フィルムセンターといいます。1952年に開館した近代美術館の映画部門(フィルム・ライブラリー)として開設され、1970年にフィルムセンターとしてオープンしました。現在の建物は1984年の火災の後、1995年にリニューアルされたものです。フィルムセンターの役割は国内外の映画フィルムおよび関連資料の収集、保存、復元で、収蔵品を主にした企画上映や展示、解説資料の発行等を行っており、館内資料の閲覧もできます。
 「アニメーション映画の回顧」の企画は、アニメーションの先祖のひとつとも言える「写し絵」の実演に始まり、1924年の『姥捨山』から1958年の『白蛇伝』を経て1970年の『やさしいライオン』までの日本の商業アニメーションの流れを追う一方、TV&CMアニメーション、久里洋二さんらの実験アニメーションの数々を網羅し、さらにはアニメーションの傍系として五所平之助監督の人形劇「明治はるあき」(1968年)、大島渚監督の実験的手法による劇画「忍者武芸帳」(1969年)、海外では英、仏、独、カナダ、チェコ、ベルギー、ポーランド、ソ連等の各国作品にディズニーの長編『白雪姫』を加えた全24プログラムが、11月25日から年末年始の休みを挟んで翌年2月はじめまで連綿と続く一大企画でした。
 こんな好機は願ってもありません。もちろん私も連日通い詰めました。当時は東京駅からセンターまで歩いて通いましたが、途中に子供の頃からジャムやかき氷のシロップで親しんだ明治屋があることが「東京」を実感させてくれたのをなぜかよく覚えています。
 私はこのプログラムで初めて日本のアニメーションの歴史を体系的に目にし、また、オスカー・フィッシンガーの諸作品、ポール・グリモーの『避雷針泥棒』(1945年)、ハラス&バチェラーの『珍説・世界映画史の巻』(1956年)、ヴコチッチの『銀行ギャング』(1959年)等々、森卓也さんの『アニメーション入門』に書かれた作品の実物に対面したのでした。
 現在は改築されていますが、当時の上層階の資料展示室には大藤信郎さんの遺品をはじめ、思わぬ物が収められていて驚きもしました。
 フィルムセンターの企画上映の解説パンフレットは「FC」といいますが、この時の、久里洋二さんとマクラレンの作品カットが表紙を飾る「FC」は5号(1971年11月25日発行)。1970年に開館して間もない頃の企画で、当時はいわゆるアニメブームはまだ影もない頃です。中にはその後お目にかかることのない作品もあり、フィルムセンターのこの英断には本当にいくら感謝しても足りないほどです。
 フィルムセンターではその後も約10年ほどのスパンを取りながらアニメーションを展望する特集企画を続けてくれています。

 時代は飛びますが2004年7月から8月にかけても「日本アニメーション映画史」として、大正時代から東映動画が軌道に乗る1960年前後までの多様な作品を作家別に紹介するプログラムに加えて、岡本忠成、川本喜八郎両氏の特集を組み、全37プログラム、長短合わせて230本以上の作品を集中上映してくれました。私はその時すでに東京を離れて福岡に住んでいましたが、矢も楯もたまらず神田に2週間ほどウィークリーマンションを借りて上京し、連日通い詰めました。この夏は他に、現代美術館で「漫画映画の全貌」展、恒例の広島国際アニメーションフェスティバル、加えて自著『アニメーションの宝箱』が大詰めと、盛り沢山な熱い夏でした。
 この時のプログラムでは、諸事情あって未見だった川本さんの長編『蓮如とその母』(1981年)を見ることができましたし、4つのプログラムに分けて上映された大藤信郎さんの作品群を通して見ることでそれまでの印象を覆す発見もしました。とりわけ現存する最古の大藤作品と言われる『煙り草物語』(1924年)を見られたのは大きな収穫でした。また岡本さんの作品を紹介しつつ、保坂純子、小前隆、真賀里文子、田村実さんらスタッフへのインタビューを綴った『ハンドメイドアニメーション映画の世界』(2001年、桜映画社、監督・長崎希、58分)も上映され、合わせて「造形作品でみる岡本忠成アニメーションの世界」の企画展示も行われ、実際の造形物を目にする貴重な機会となりました。

 フィルムセンターでは、新しく収蔵した作品をお披露目する「発掘された映画たち」の定例上映企画も行っており、今年春の「発掘されたアニメーション映画」のプログラムで日本最古と言われる『なまくら刀』(1917年)が上映された際には満員札止めの大盛況だったのも記憶に新しいところです。
 このように他では実現が難しいような企画を実行してくれるフィルムセンターは、ファンにとって本当にありがたいところなのです。

その39へ続く

(08.09.05)