アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その19 2冊の本

 今まで再々、当時は資料がなくてと書いてきましたが、実は、高校時代、私は大切な2冊の本と出会っています。
 1冊は森卓也さんの労作「アニメーション入門」(1966年9月、美術出版社刊)、もう1冊は単行本ではなく玄光社の実用書「アニメと特撮」(1970年8月初版)です。

 「アニメーション入門」は高崎市内の書店の店頭で見つけ、すぐに買いました。後で知ったことですが、この本は、「映画評論」という映画誌に当時まだアマチュアでいらした森卓也さんが分載された「動画映画の系譜」という大変な労作評論が元になっています。それをベースに、アニメーションの歴史と定義、分類に、作家と作品の資料を加え、日本をはじめ世界各国のアニメーション事情の紹介と諸作品への言及がしるされた、当時としてもまた現在でも貴重な書籍です。
 森さんは当時は愛知県在住の一公務員としての勤務のかたわら、足繁く上京して見聞を広め、またかつてのニュース映画館や劇映画の添え物として上映された日米の短編漫画映画や、草創期のTVに放出された長短様々な作品群を丹念に見込み、それらを恐るべき質と量の記憶で文として再現してみせる驚嘆すべき才能の持ち主でした。後に職を辞し評論家に専念されるようになってからは、アニメーションに限らず映画一般からTVドラマ、落語等々に筆を広め、また、作品そのものに留まらず、フィルムや映写方式等の周辺事項にも通じた博覧強記の方です。
 私が尊敬するのは、森さんは早くからウォルト・ディズニーの諸作品に深く親しみながら決してそれに溺れず、目を曇らせることなく作品に接し、批判すべき点は言を鈍らせることなく指摘する点です。私にはとても真似のできないことです。
 一方で、オブライエンやハリーハウゼンのコマ撮りをこそ至高のものとし、日本のぬいぐるみ怪獣は邪道であると断言するなど、どちらも愛して止まない私(たち)とは少々異なる頑固さもまた敬すべき点でもあります。
 私はこの「アニメーション入門」によって、アニメーションの「世界」に目を開かれたのです。私にとって文字どおりの「入門」の書でした。子供の頃に見ていたTV番組「プラハの夢」の中で細切れに放映された作品の断片がこの本によってあるべき位置にはまっていった驚きと喜びや、同じくTVの「ディズニーランド」の中で見た短編作品や、小うるさい日本語ナレーションがべっとりとついた『トムとジェリー』や『ポパイ』等のギャグ作品の本質が新たにまざまざと語り直される興奮。そしていまだ知らぬ世界の作品へといざなう記述の数々。表紙に散りばめられた幾多の作品スチルの実物にこの目で出会う日をどんなに夢見たことでしょう。『アニメーション入門』は当時も今も変わらぬ私のバイブルです。
 この本の著者紹介欄には森さんのご住所が記されてあり、私が早速ファンレターを出したのは言うまでもなく、そこから「1/24」を経て現在に至る長いお付き合いが始まったのです。

 もう1冊は単行本ではなく、玄光社が出していた「小型映画」という雑誌の、ハイ・テクニック・シリーズと題する特集誌の1冊、「アニメと特撮」です。
 これは当時急増していた8ミリ愛好家の中でも、コマ撮り機能を利用したアニメーションや、素人でも可能なテクニックを駆使した特撮映画を自作しようとする層に向けて、技法の基礎とコツを教えることを中心とし、あわせて多様な作品を紹介する228ページの、当時としては大冊のムックです。
 これもまた新鮮な驚きと発見に満ちていました。曲がりくねったサツマイモを置き換えてコマ撮りして簡単な人形アニメを作るなど、書き方は具体的で、思わず自分も試してみようと思わせられる示唆に富んだ有益さはやはり今も忘れられません。
 全体の5分の4ほどを占めるアニメーション部分では、横山隆一、川本喜八郎、森康二、薮下泰二、持永只仁、渡辺和彦、森卓也、荻昌弘……、特撮部分では中野昭慶、有川貞昌……執筆者の一部を列記しただけでも、この本のすごさが分かることでしょう。技法の解説では、CMやTV、映画の作品からノーマン・マクラレンまでを幅広く例に上げ、実際のスチルや動画、製作風景を紹介するなど、実にありがたい内容となっています。作品の紹介ページも多彩で、何度読み返したか知れません。現在、アニメを扱う雑誌やムックは様々ありますが、これほどの広さを持ったものはないのではないでしょうか。
 スチルをふんだんに使い、ずしりと持ち重りのするこの雑誌は、2400円と当時としては破格で、女子高生が衝動買いできる値段ではとてもありません。1度目は立ち読みしただけで帰り、迷いに迷った末に何とかお小遣いを工面して入手したもので、それだけに思い入れも相当ありました。

 この2冊の本はその後も常に手元に置いて『1/24』の編集等、何かと参考にしていましたが、それがかえって仇となり、後年、心ならずもアニドウを離れざるを得なかった時、当時の事務所に置いたままになってしまいました。後に返却を願い出てみましたが通らず、今もどこかにあるのか否か知る由もありません。
 2冊とも、ずっと後になって入手し直しましたが(1冊は著者の森卓也さんご自身から戴き、もう1冊はネットオークションで)、当時の熱さと苦さの絡む、複雑な思い出の本です。

その20へ続く

(07.12.14)