アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その103 定購者大会とアレクセイエフ特集号

 活字化から4年、「1/24」は定期購読者も増え、順調に号を重ねてきました。全国に常連投稿者もでき、ベルバラヤことアニドウ事務所兼編集部への見学者や協力者も増えてきました。「1/24」を作っていて悩みの種は、アニメーションは百聞は一見にしかずということ。誌上での紹介や論考よりもまず作品そのものを見てもらいたい、見せたいという思いが募ってきたのです。同時に編集の現場、特に版下制作を見せて「1/24」はこうやってできるということを知ってもらいたい、なんならその場で集まった読者たちと一緒に実際のページを作ろうじゃないか、そんな気運が盛り上がって、1979年の春休み、3月31日から4月2日まで2泊3日の定期購読者大会、通称定購者大会が開かれました。言ってみれば全国大会の「1/24」版です。
 場所は文京区本郷館と、御茶ノ水全電通ホール、実行委員長は版下&営業チーフとして活躍していた五味伸一くんが務め、全国から80名の参加者が集まりました。プログラムの中心はやはり常日頃「1/24」誌上で取り上げている作家や作品の上映でした。杉本さんと静岡しあにむの全面協力の下、フライシャーやアヴェリー、政岡憲三さんの作品を筆頭に、一度にこんなに見せていいのかしらと心配になるほどの厳選フィルムの上映が連日不眠不休状態で繰り広げられ「知恵熱が出そうです」と嬉しい悲鳴が上がるほどの好評を博しました。『バッタ君町へ行く』等、今までに「1/24」誌上で大きく取り上げた作品のほとんどが、この機会に上映されました。畳の大広間では、上映の合間に実際の版下を見せながら、並木さんが「1/24」制作の実態について語り、これには編集部と名がつく以上、立派なデスクが並んでいる場所を想像していたらしい読者から驚きの声が上がりました。開催前は1人に1枚版下を貼らせれば80人で80ページがあっという間に完成だと冗談交じりの皮算用をしていたものですが、さすがにそれはなりませんでした。それでも集まってくれた定購者たちは誌上で名を知っていた相手と交歓したり、同じ趣味の相手を発見して自分たちは孤独ではないことを確認したりとそれぞれに楽しんでくれたようです。なにしろその当時の世の中は『ヤマト』ブームに沸いていて、「1/24」で取り上げるような作家の話を身近にできる相手はまずいない状況だったのでした。その年の6月に発行された「1/24」第27&28合併号には、参加者たちの熱い投稿があふれています。肝心の私は、開催ぎりぎりまでかかった事前の準備で疲れ果て、当日は後ろの方でぐったりしていたような気がします。とにかく楽しかった、熱い3日間だったという思い出だけが残っていて、具体的なことは3日分がごっちゃになってよく思い出せないほどなのです。そして後になって思い返せば、この定購者大会が私にとってアニドウでの最後の大輪の花だったのでした。歴史は時々こうした、後になってみないと分からない計らいを仕掛けてくるものとしみじみ思います。

 さて、その第27&28合併号の特集はアレクサンドル・アレクセイエフです。ピンスクリーンという想像を絶する技法を考案し『禿山の一夜』『鼻』等の傑作を生み出した、鬼才としか言いようのない作家、それがアレクセイエフです。ボードに無数のピンを立てて照明を当て、ピンの高低差が生み出す影の濃淡で絵を描く、あまつさえそれをアニメーションとして動かすというのは実際のところ正気の沙汰とも思われません。砂絵や編み物の編地など様々な技法があるアニメーションの中でもひときわ異彩を放つものです。以前、一面に細い棒が植わり、手のひらを押しつけると、反対側にその手のひらそのままの形が浮き出るおもちゃを見かけたことがありますが、原理的にはこれがピンスクリーンの考え方に近いとも言えます。アレクセイエフの場合、そこにロシア出身の作家独特の寂寥感が加わって、何とも言い知れぬ味わいを生み出しています。
 第27&28合併号は全64ページ。ブルーグレーの濃淡に墨色を乗せた、これも好きな表紙です。巻頭にはオープロの自主制作作品『セロ弾きのゴーシュ』の紹介も載っています。アレクセイエフ特集の扉は並木さんが初のアヌシー行きで撮ってきた同氏のポートレートで、こちらを向いてにこやかに手を振る素敵な写真です。ビギナーズラックと言っては失礼ですが、本当によく撮れた写真で、今や歴史上の存在になってしまったアレクセイエフの、生きている本物の写真と思うと感慨もひとしおです。
 特集の内容は前号で「しあにむが熱筆奮う」と煽ったとおり、しあにむ全面協力になっています。伴野孝司さんの写真制作による『禿山の一夜』の誌上公開、伴野さんと望月さんの『世界アニメーション映画史』コンビによる論考と資料邦訳、アレクセイエフがカナダNFBに招かれて行なった講義のドキュメンタリー映像「PIN SCREEN」を当時アニドウに協力してくださっていた才媛・吉成真由美さんが邦訳し、金田、五味、井上、君野くんたちアニドレイ総動員でフィルムから写真を起こした労作「ピンスクリーンの技法」と、硬い中にも目で見て理解することのできるものになっています。
 さらに、東映動画研究番外編として大塚康生さんのスケッチブックから『ホルス』の準備キャラクターを4ページ掲載と、前号からの続きで鈴木伸一さんによる「キンボールふたたび」の記事。これには鈴木さんがアメリカ旅行でキンボールさんの自宅を訪れた際のことが綴られています。杉本さんの連載は、今回は「アニドウ草創の頃」。私も知らない時代からのことが書かれている貴重な資料です。ただこの中で並木さんと私の年齢が逆に書かれているので、もし読まれる際にはご注意ください。
 今号からの新企画「アニメ乞食はなぜ?」の第1回ゲストは本誌編集長としての私、富沢洋子です。「アニメ乞食」というのは並木さんの命名によるもので、以前に書いた「月刊OUT」のトンデモ記事「アニメ貴族登場」からきていて、アニメ貴族よりアニメ乞食の方が自分たちには分相応との意味合いです。中身は富沢、並木、五味が「1/24」について語る鼎談。この中で私は某君からもらったウルトラセブンのマスクを被って写真に写っていますが、これはアトラク用に作られた本物なのです。このマスクは後にプロの手で補修されて実際のウルトラシリーズに登場したりしている由緒正しいものです。特撮マスクのコレクションで一部に知られていた某監督は、この写真を見てそれに目覚めてしまったとのことで、罪作りなページではあります。
 そして今号で注目は、東宝東和配給による劇場版『アルプスの少女ハイジ』公開に反対するTV版オリジナルスタッフのアピール文を掲載しての応援ページです。この頃、劇場版『ヤマト』の成功でTVシリーズの総集編を劇場版として公開することがブームとなっており、『ハイジ』もオリジナルスタッフに無断で再編集が行われ、しかも製作費や制作期間について、あたかも映画用の新作であるかのような虚偽の宣伝が行われていたのでした。これに対する抗議について単なるスタッフ間の内紛としか捉えないマスコミもあった中で、アピール文をそのまま載せ、スタッフの支援を呼びかけたこのページは読者に大きな反響を呼びました。
 「1/24」の歴史の中で編集長として私の名が載っているのはこの号が最後になります。このことについてはまたのちほど。

その104へつづく

(11.03.18)