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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第82回 アニメ様がアニメになった日

 僕のニックネームのアニメ様は「アニメの偉い人」という意味ではない。そもそも偉い人ではない。「アニメである人」という意味である。よく分からないだろうけれど、そういう意味だ。今日はアニメ様が、本当にアニメになったという話。

 最終回のアフレコが終わり、原画マン探しのお手伝いも一段落した頃の事。『ケモノヅメ』スタッフは最終回放送に向けて頑張っていたけれど、僕には本編の作業で、手伝える事はなかった。
 スタジオ内をフラフラして、三原三千夫さんのところに顔を出して世間話をした。三原さんは担当している12話で全カットの原画を描き、動画も大量にやっている。相当濃厚な仕上がりになりそうだ。彼は本編カットの作業を終わらせた後に、アバンタイトルの作画をするのだが、そのパートでは、実写をトレースして原画にするつもりだという。一種のロトスコープだ。ただし、3コマ撮りでやるので、いわゆるロトスコープ的な動きにはならない。「アニメなのか、実写なのかよくわからない動き」が目的だ。よくもまあ、TVシリーズでそんな大変な事をやろうと思いついたものだ。しかも、全カットの原画を描いている話数で。
 その実写のモデルになってくれる人間を、これから探すのだという。そのキャラクターは中年の恰幅のいい男性だ。だったら、俺でもいいじゃん。それをやれば、多少は現場スタッフの役に立つぞ。そう思って「俺でよければやるよ」と言ってしまった。その時は、カメラの前でちょっとポーズをとればいいのだろうと、軽く考えていた。
 
 12話のアバンタイトルは某国の長官が主人公だ。彼が演説をしていると、聴衆が彼に対してヤジを飛ばす。国民は、長官に対して反感を持っている。怒った長官は聴衆に対して「なんだと、この野郎。喰い殺すぞ!」と言って脅かす。次の瞬間、彼は軍の射撃部隊に一斉射撃を受けて、撃ち殺されてしまう。翌日の新聞に「長官 食人鬼だった!?」の見出しが躍る。一応、内容を説明してしまうと、この長官は食人鬼ではない。問題のある長官に食人鬼の疑いをかけて撃ち殺したという事らしい。長官の頭から蒸気を出しているのは、彼がサイボーグであるからだ。
 その数日後、演出の高橋敦史さん、三原さんと打ち合わせをした。長官は頭の一部が機械なので、三原さん手製のハリボテをかぶる事になった。その打ち合わせで、撮影のために白いダブルのスーツを用意する事、アフレコ用のラッシュビデオを観て芝居を頭に入れてくる事を約束した。白いスーツがいいのは、スーツが黒やそれに近い色だと、服のシワの線が拾えないからだ。その時点ですでに12話のアフレコは終わっていた。アフレコ時には、ラフ原画に合わせて声優さんが声を吹き込んでいる。セリフのタイミングは直せないので、その声に合わせて芝居をしなくてはいけないのだ。
 
 一度、ラッシュビデオを観ながら芝居の練習をしてみた。仕事ではあるけれど、TVモニターを観ながら変な芝居をするのはあまりに恥ずかしいので、深夜の事務所で1人でやった。僕にも多少の羞恥心があるのだ。練習をしなくてはいけないのは、長官の演説に始まるカット。20秒以上もあるなが〜いカットだ。あれ? あれれ? これは難しいぞ。難しいというか無理だ。ラッシュビデオの動きが速すぎる。一番やっかいだったのがセリフを言い終わった次の瞬間に、別方向を向いて怒鳴る箇所だった(後述する理由で、そこの芝居は、完成した映像ではラッシュビデオとは違うものになっている)。中抜きのアクションでもできなければ、同じ動きは無理だ。アニメの動きってこんなに早いのか。これは困った。
 さて、撮影当日。白いダブルのスーツが貸衣装屋でズバリのものが無かったので、自腹で買ったり、こちらの都合で撮影日をズラしてもらったりしたけれど、まあ、それはともかく撮影当日だ。直前になって、セリフを言ってくれと注文された。音声は声優さんの芝居を使うが、口パクも画面に反映させたいので、セリフを言いながら芝居をしてくれというのだ。ええっ、そんなの聞いてないよ。セリフだって覚えていない。高橋さん達と相談して、芝居自体はゆっくりやって、撮影後に編集でいらないところをつまんだ後、早送りして使用する事になった。
 撮影開始。演技指導は高橋さんと三原さんの2人から出してもらった。コンテやラッシュビデオの芝居は意識しないでいいです。まず、小黒さんの演技プランで自由にやってみてください。ええっ!? そうなの? 単に喋るだけではつまらないので、何かポーズを付けてみてください。分かりました。うわ、大変な事になってきた。
 いかにもアニメらしい芝居をやろうと思って、オーバーなアクションをやってみた。長官が「根も葉もない噂でして」と言うところがあり、「根も」の部分では手で根っ子のかたちを作り、「葉も」の部分では手で葉っぱのかたちを作り、「ない」の部分ではなにも無い事を示すジェスチャーをした。それについては『少年猿飛佐助』で、古沢日出夫が原画を描いた山賊の事を思い浮かべた。なんの事だか分からない人は大塚康生の名著「作画汗まみれ」を読もう。長官が射殺されるところは、撃たれたポーズを止めで数バージョン撮った。止め画をランダムで動かして、撃たれているところを表現するわけだ。これは、打ち合わせの時に『GHOST IN THE SHELL』の井上俊之さんの原画みたいな感じにしようという話になっていた。撃たれた後の屍体も、やりましたよ。マッドハウスの床に段ボールをひいて、死んだポーズを数バージョン。この時には、さすがに「なにやってんだ、俺」とちょっと思った。

▲撮影前、ハリボテを頭に固定しているところ
▲芝居をしているところ。手のブレ方がアニメっぽい

▲これは撃たれているところ
▲撮影終了。左が三原さん、右が高橋さん

 撮影後、高橋さんがビデオを編集。三原さんがプリンアウトした画像から原画として使うポイントの画をチョイスして、動きを再構成した。だから、個々のポーズは僕がやったままだけど、動きは僕の芝居のままではない。撮影中のスナップ写真を見たら、我ながら、なかなかアニメらしいポーズになっている。同じフロアで別作品の作業をしている吉松君に見せたら、受けまくっていた。「アニメ様は加工とかしなくてもアニメですね」だそうだ。うーん、複雑。
 
 そして、遂に12話が完成。事前にサンプルビデオをもらう事ができなかったので、オンエアで初めて完成品を観た。12話本編に関しては、三原さんの原画の個性がダイレクトに出ており、素晴らしい仕上がりだった。肝心のアバンタイトルだが、予想以上に奇妙な映像になっていた。確かに「アニメなのか、実写なのかよくわからない動き」になっていたのだ。画面がうるさいのは、僕の芝居がクド過ぎたからかなあ。「根も葉もない」のところは、メチャメチャに謎なジェスチャーになっている。ひゃあ〜。
 驚いたのは、画面の中にいるキャラクターが、ちゃんと自分に見えたという事だ。プロボーションといい、ポーズといい、動きのクセといい。まさしく自分そのもの。自分がアニメの画面の中で動いているのを観るのは、非常に不思議だった。まさしく「アニメになった」としか言いようがない。嬉しいような、嬉しくないような。ますます当たり前の人生が遠のいたような気がした。後日、友人に「俺、アニメになったよ」と言ったら、「よかったじゃないか。人生の目的を達成したな」と応えられた。アホ、そんな事を人生の目標にするわけないだろう。
 二度とこんな体験をするとは思わないけれど、もし次があるとしたら、アフレコラッシュビデオに合わせるのではなく、何もないところで、一から芝居をしたいものだ。って、全然懲りてないじゃん!


 

■第83回に続く


(06.11.13)

 
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