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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第71回 高畑勲の「アニメ・映画・アニメーション」

 前回話したように、ずっと「まんが映画」を作っていた宮崎駿が、一時期「アニメ」寄りになり、その後に作家の道を歩み出したのだとしたら、その盟友である高畑勲はどうなのか。宮崎駿が「まんが映画」の人であるならば、高畑勲は「映画」の人である。「アニメにおいて『映画』であるとはどういう事なのか」というのは難しい問題なので、今回は考えないようにする。
 「まんが映画」なのか「アニメ」なのか「映画」なのか、というのは主観的な話だし、厳密に区別できるわけではない。ただ、少なくとも僕の印象としては高畑勲は「映画」を作ってきた。アニメーションで、映画的な作品を作るという事を率先してやってきた人物である。『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』は言うに及ばず、TV作品の『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』にしても映画的だ。勿論、『ハイジ』以前に参加したTV作品では、まんが映画的なフィルムも作っているだろうし、中には『パンダコパンダ』のような「まんが映画」寄りの作品もある。それでも基本は「映画」指向であったと思う。

 それでは高畑勲は一度も「アニメ」的な作品は作っていないのだろうか。実は最初の監督作品である『太陽の王子ホルスの大冒険』が非常に「アニメ」的なのだ。勿論、この場合の「アニメ」とは「若者のための刺激的な娯楽」という狭義の定義による「アニメ」である。何しろ、物語の主軸のひとつなっているのが、二面性をもつ美少女ヒルダの内面の葛藤だ。40年近く前の作品で、美少女の葛藤である。映像は大変なリアル指向であり、アクションはダイナミック。民衆の団結というテーマにしても決して子ども向けではないし、劇中の様々な象徴的な表現(例えば「俺の弟になれ」「私たちは双子ね」等の解釈が必要になるようなセリフ)にしても青年向けだ。アニメブームよりも遥かに昔の作品ではあるが、その先鋭さと大人びた雰囲気、刺激の強さは「アニメ」的であると思える。少なくとも所謂、東映長編の中で最も「アニメ」な作品であるのは間違いない。そうなっているのは高畑勲や、メインスタッフの若さのためであるのだろうか。

 その後、高畑勲はずっと「映画」的な作品を作り続けた。地に足がついた内容であり、リアリズムを基調としたフィルム。だが、近年の彼の仕事には「アニメーション」指向が感じとれはしないか。この場合のアニメーションとは、表現を魅力を主眼にした作品。例えば、高畑勲と親交の深いユーリ・ノルシュテインやフレデリック・バックの作品だ。つまり「アニメ」ではなく「アニメーション」。
 『おもひでぽろぽろ』で「思い出編」と「山形編」で画風を変えるというプランに、アニメーションの映像にリアリズムや説得力を与えるだけでなく、表現の面白さをやってみようという姿勢が見られる。『総天然色漫画映画 平成狸合戦ぽんぽこ』ではタヌキの変身(メタモルフォーゼ)というモチーフや、タヌキをリアル、半リアル、ディフォルメと描きわけた事も、それが成功しているかどうかは別にしてアニメーション的と見る事ができる。しかし、『おもひでぽろぽろ』も『平成狸合戦ぽんぽこ』も基本的には、それまでの高畑作品と同じリアルなアニメーションであった。続く『ホーホケキョ となりの山田くん』では、遂にそれまでのスタイルを捨てる。ラフな描線と水彩タッチの塗りによるアニメーションであった。そしてその後、彼はノルシュテインや川本喜八郎といった世界のアニメーション作家と共に「連句アニメーション 冬の日」に参加している。
 彼の著書「1991〜1999 映画を作りながら考えたことII」(徳間書店)巻末に「『鳥獣平家』断章 遊びをせんとや 企画案」という文が掲載されている。「平家物語」のエピソードを「鳥獣戯画」を使って映像化するという企画である。この作品が実現したとすれば、本当にアニメーションらしいアニメーションになっていた事だろう。

 僕が知らないだけかもしれないが、高畑勲は自分のアニメーション指向について発言した事はないと思う。だが、彼がノルシュテインやバック達の作品について理解を示し、著書を記す等の活動をしている事は、読者諸君もご存知の事だろう。彼は、リアルに人物を描いていく手描きアニメーションで「映画」的な作品を作ってきたが、『火垂るの墓』の頃にそれをやりつくし、次に「アニメーション」に行こうとしたのではないかと僕は思っている。どうだろう。それは頓珍漢な考えなのだろうか。もしも、そうであるならば、かつて「まんが映画」を作っていた宮崎駿が、映画作家として高い評価を受けている時に、「映画」を作ってきた高畑勲が「アニメーション」を目指しているという構図になる。それも面白い。


 

■第72回に続く


(06.09.01)

 
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