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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第69回 宮崎アニメがイケていた頃

 『パンダコパンダ』について書こうと思って、アニメブームと宮崎駿作品について書き始めたら、予想以上に長くなってしまった。さらに書きたい事が出てきたので記しておきたい。当時、宮崎アニメがアニメマニア的にイケていたという話だ。

 今さら言うまでもなく、今では宮崎駿は日本を代表する映画監督であり、ヒットメーカーだ。アニメの天才であり、制作に関わるようになったごく初期から素晴らしい仕事を残している。40年にも渡って優秀なクリエイターであり続けているのだが、その中でも特に数年間、彼の名前がファンの間に浸透していった1980年から1983年頃、アニメマニア的にイケている存在だった。
 勿論、全てのアニメファンがそう感じていたわけではない。やはり大半のファンは、モビルスーツや美形キャラが出てくるような作品が好きだった。どちらかと言えば、通なファンが、宮崎アニメに熱中していた(勿論、マニア気取りでなく、素直に宮崎アニメを楽しんでいるファンもいたのだが、それは今回の話題とは別の話)。ちょっと厭らしい言い方になってしまうけれど、マニアックなファンが「自分は宮崎駿のよさが分かっているんだぞ」と自慢できるような存在だった。今で言うと細田守のポジションだ。彼らの中のさらに濃い人達は、過去に遡って宮崎駿の作品をチェックした。その時のメインのテキストとなったのがアニメージュだった。
 僕も、他の同年輩の宮崎ファンと同じように『未来少年コナン』から興味を持った。上映会に通い、再放送を録画し、宮崎アニメのコンプリートを目指した。原画マンとして彼が参加した、東映時代のTVシリーズまでチェックした。アニドウの書籍や資料系の同人誌もマメに買った。上映会等で開放される東映動画の資料室で『どうぶつ宝島』のイメージボードや、マストの上の乱闘のセル画を見たりするのは楽しかった。当時は都内にセル画を販売するアニメショップが沢山あり、僕もセル画を集めていたが、宮崎ファンになった頃にセル画から紙に転向した。つまり、レイアウトや原画を集めるようになった(「天空の城ラピュタGUIDE BOOK」巻末に掲載されている「宮崎駿レイアウト集」は、当時の僕のコレクションだ)。

 そういったクリエイターとしてチェックするというようなアプローチを別にしても、宮崎駿はマニアックな存在だった。当時、アニメファンやマンガファンの間で、ロリコンブームがあった。今思えばそれはロリータコンプレックスではなく、単に二次元美少女のブームだった(必ずしも幼い少女が対象になっていたわけではない。クラリスだって17歳くらいであったはずだ)のだが、当時の宮崎アニメの人気の高まりは、ロリコンブームと結びついたものだった。彼が描いたラナやクラリスは、アニメファンに熱烈に支持され、ロリコンブームのシンボルになっていた。『カリ城』の劇中で、ルパンが「ロリコン伯爵」というセリフを言っているのも大きい。あれで初めて「ロリコン」なる単語を耳にしたファンは少なくないはずだ。
 前々回に、当時の流行の「アニメ」に対して、東映長編系及び宮崎作品は「アンチアニメ」的だと書いた事と矛盾するが、実は宮崎アニメは「アニメ」的だ。少なくとも東映長編系のスタッフの中で、一番「アニメ」な人物であるのは間違いない。なにしろ「メカと美少女」の第一人者である。ビジュアルこそクラシカルだが、その意味では実にオタク的だ。美少女に対する狂おしいほどの思い入れは、ファンとしては共感できるものだった。
 彼はアクションや見せ場の作り方、あるいは画面の作り込みが過剰だった。信じられないくらい大勢のキャラクターを動かすアクションカットを作ったり、飛行メカの巨大感をこれでもかとばかりに強調したり。そういった過剰さもアニメ的だった。
 こういった言い方もできる。『宇宙戦艦ヤマト』に代表されるブーム期の「夢とロマンのアニメ」からは宮崎作品は外れていたが、『うる星やつら』以降の「メカと美少女のアニメ」にはストライクだった。アニメファンの嗜好から言えば、宮崎駿は古かったのではなく、時代を先取りした存在だった。

 当時の宮崎アニメは、陽性のエンターテイメントであり、底抜けに面白いものであった。まず、これが大事な点。さらに今言ったように「メカと美少女」があり、アニメファンが好む過剰さもあった。マンガ映画テイストは当時としては素朴なものだったし、子どもっぽいものと感じられたはずだが、ちょっとスレたマニアとしては、そういったところにマニアックな魅力を見出す愉しみもあった。そして、宮崎アニメはクオリティが高かった。当時は「画がきれい」とか「よく動いている」といった感想はあっても「クオリティが高いから見応えがある」といった捉え方をするアニメファンは皆無に近かったはずだが、ファンがそういった部分に惹かれていたのも間違いないだろう。それと、フェティッシュな感覚。それを意識していた人もあまりいなかったと思うが、彼の作る映像はフェティッシュだ。メカフェチであり、セル画フェチであり、レイアウトフェチ。そういった部分の心地よさも、宮崎アニメがマニア的にイケていた理由のひとつだ。
 宮崎駿は『風の谷のナウシカ』から、本格的に劇場アニメーション監督として歩み始め、それまでとは作品づくりの力点が変わっていった。例えば単純明快な娯楽作は作らなくなったし、画作りに関してもニュアンスが変わっている。クリエイターとしては明らかにステップアップしたのだが、アニメマニア的にはそれ以前の方がイケていた。少なくとも僕にとってはそうだ。


 

■第70回に続く


(06.08.17)

 
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