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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第30回 『F91』と富野イズム

 僕の周りで『逆襲のシャア』のブームが起きている頃、富野由悠季監督の新作『機動戦士ガンダムF91』が発表された。
 公開直前のアニメージュ(vol.154 1991年4月号)で、僕は『F91』特集のお手伝いをしている。本編に関する記事は他の方に任せて、富野監督の作家性に切り込む記事を担当した。監督の作家性を“富野イズム”と命名し、それを軸に3つの記事を組んだのだ。ひとつ目が富野監督への取材記事で、タイトルは「THE 富野イズム それは『ガンダム』における娯楽である」。我ながらすごいタイトルをつけたものだ。ふたつ目が業界の8人のクリエイターが“富野イズム”を語る記事。この記事の手応えが、後の『逆襲のシャア』同人誌につながった。3つ目が『F91』のコンテを抜粋して掲載し、『F91』の“富野イズム”について解説する記事だ。
 その取材記事で、彼の作品の魅力である“生々しさ”について訊いたところ、「それは(アニメに限らず)どのような劇であっても、劇を作る上でその事だけは気をつけてやらなくてはない最大原則でもあるし、最小条件だからです」と富野監督は答えてくれた。そして、『逆襲のシャア』ラストの「ララァ・スンは私の母に……」のセリフについては「あの時のシャアの気分を出すために、さかのぼって考えたもの」であり、あんな風に自分の内面をきれいにセリフにする事は、現実にはあり得ないだろうという事も含めて、「そういう表現が許されるのは、それがまさに『逆襲のシャア』という映画が『娯楽』だからです」と説明している。
 さらに、ロボットというものは、見る者に対して強い印象を与える存在であり、それに負けないキャラクターや物語を作らなくてはいけない。ロボットの存在と人間のドラマをどうまとめるか。ロボットとドラマの異種格闘技の面白さこそが『ガンダム』の娯楽の構造だ。そういった内容を、富野監督は語っている。読み返すと、僕の記事のまとめ方は拙くて赤面ものなのだが、訊きたい事はちゃんと訊いている。ロボットの存在に負けないくらい強烈な人間や、ドラマが必要になる。それがあのエキセントリックさを生み出すという事だろう。僕にとっての“富野イズム”は、今でもこの記事で語られたものが正解だ。

 記事を組むにあたってサンライズに行って、『F91』の絵コンテを一気に読んだ。サンライズの担当さんに「このコンテを一気読みしたのは、あなたが初めてですよ」と言われて、笑われたのを覚えている。一気に読んでしまうくらい面白かったのだ。『逆襲のシャア』のハードさこそないものの“富野イズム”が随所に感じられた。同時にエキセントリックになりすぎないように、気をつけているのもよく分かった。コンテ段階で情報量を上げようとしているのにも感心したし、絵コンテのト書きに描かれた演出意図、監督自身の自問自答も興味深かった。コンテを読む他のスタッフへのメッセージまでも、そこに書かれていたと記憶している。
 絵コンテで一番印象的だったのが、主人公のシーブックが、敵の鉄仮面が乗ったラフレシアを目撃したときのセリフだ。「感じられる。あれは、人の劣等意識の固まりじゃないのか」である。これにはシビれた。恐らくは鉄仮面の本質を突いたセリフなのだろう。しかも、そのカットのト書きには「右のセリフはカットされるであろう」と書かれており、実際に完成したフィルムでは、別のセリフに置き換えられていた。カットするに違いない過激なセリフを、わざわざ「カットされるであろう」という注つきで書いてしまうあたりも、富野監督らしい。もちろん、コンテのその部分は、アニメージュの“富野イズム”の記事に掲載した。

 完成した『F91』のフィルムは、絵コンテの印象に比べて、ずいぶんと薄味になっていた。欠番カットも出ているし(後のビデオソフト化のときに復活しているが)、全体としては作画も良好ではなかった。個々の描写に関して、必ずしも監督の演出意図どおりにはなっていないのだろう。あるいはエキセントリックさをなくそうという富野監督の意図が、薄味になった原因かもしれない。
 劇場版『THE IDEON』は別格として、富野監督作品のエキセントリックさは『逆襲のシャア』で一度ピークをむかえ、その後、刺激の少ないナチュラルなドラマ作りに転じていく。『F91』はその変化が現れた最初の作品だ。ナチュラルなドラマを、最初に達成したのが『∀ガンダム』だろう。その前の『機動戦士Vガンダム』は、ナチュラルな作品にするつもりで始めて、途中からアクセルを踏んでしまった作品だ。その加速していく感じが心地よかった。

 ひょっとしたら僕の思い込みかもしれないが“富野イズム”を楽しむという事に関しては、完成したフィルムよりも、絵コンテの方がずっと充実したものだった。機会があったら、もう一度読んでみたいと思っている。『逆襲のシャア』の絵コンテも一度読んでみたい。


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■第31回へ続く


(06.03.23)

 
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