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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第22回 日本アニメ史 空前の大プロジェクト

 1987年だったと思う。当時、アニメージュのライターであった僕が、記事に掲載する素材を借りるために東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)へ行った時の事だ。カット袋をひっくり返していると、ムービーの方に声をかけられて、試写室に入れられた。「面白いものを見せてあげるよ」などと言われたように記憶している。
 それで観せてもらったのが『LITTLE NEMO』のパイロットフィルムだった。主人公のニモが、帽子を被った年上の少年に誘われて、ベッドに乗って夜空に飛び立つ。ニモは空飛ぶベッドに乗り、帽子の少年は複葉機に乗り、夜の街を駆けめぐる。ベッドと複葉機は、建物と建物の間をすり抜け、橋の下を通過する。気がつけば彼らが行くのは都市が水没した世界となり、ビルをも飲み込む巨大な滝に突入していく。素晴らしい内容だった。ファンタジックではあるが、その描写は非常にリアル。オプチカルを多用して構成された奥行きのある画面。そして、何よりもイメージの鮮烈さ。複葉機とベッドが水面ギリギリを飛ぶ場面があり、そこで、水上にできた軌跡を使ったアクロバティックな描写があるのだけど、そこなど背筋がゾクゾクした。長さは3分30秒ほど。技術的にも内容的にも完璧だ。
 後に知った事だが『LITTLE NEMO』のパイロットは月岡貞夫版、近藤喜文・友永和秀版、出崎統版の3つのバージョンがあり、僕がその時に観せられたのは近藤・友永版だった。僕に声をかけてくれたのが、藤岡豊社長であったのも後で分かった。お客さんに披露するついでに、会社を訪れたアニメマニアにも観せてやろうと思ってくれたのだろう。試写室には他に2人の観客がいた。
 最近になって、このパイロットに関わった片渕須直さんに話をうかがったのだけれど、当時、東京ムービー新社は『LITTLE NEMO』のために、半地下から2階の天井まで届く大きな撮影台を用意した。その撮影台には、当時としては珍しいモーションコントロールの機能がついており、近藤・友永版のパイロットは、その撮影台の機能を最大限に使ったものなのだそうだ。また、このパイロットフィルムではカメラを横にして撮影しており、スタンダードサイズの2コマ分を使って1コマの映像を撮影した。つまり、ビスタビジョンだったわけだ。ビスタサイズではなくビスタビジョンである。詳しく知りたい人は、ネット検索などで調べてほしい。日本のアニメーションでビスタビジョンで作られたものなんて、ほとんどないはずだ。近藤・友永版のパイロットを観た時に、画面が鮮明であるのにも感心したが、それはビスタビジョン制作のためでもあったのだ。
 僕がパイロットフィルムを観せてもらった前後に、知人のアニメーターも、藤岡さんに同じものを観せられた。試写前に「君は、若手の中で巧いと言われているらしいけど、こんなフィルムは作れないだろう」と言われてムッとしたが、後で「確かにこんなものは作れない」と思ったそうだ。アニメのデジタル化が進んだ現在、読者諸君がこのパイロットを観たとしても、画面の奥行きなどに関してショックを受ける事はないだろう。それでも、機会があったら是非一度観てもらいたい。それも、できる事なら大きな画面で。近藤さんや友永さんの代表作であり、日本のアニメーションの到達点のひとつであるのは間違いない。

 『LITTLE NEMO』は東京ムービーが7年の歳月と55億円の予算をかけた、日本のアニメ史でも並ぶもののないビッグプロジェクトである。ウィンザー・マッケイ「夢の国のリトル・ニモ(Little Nemo in slumberland)」を原作に、世界に通用する劇場アニメーションを制作するのが、そのプロジェクトの目標であり、『ルパン三世 カリオストロの城』『じゃりン子チエ』等を制作したテレコム・アニメーションフィルムも『LITTLE NEMO』のために設立されたプロダクションだ。このプロジェクトには、メインスタッフとして、宮崎駿、高畑勲、出崎統、大塚康生、「スター・ウォーズ」プロデューサーのゲーリー・カーツ、SF作家のレイ・ブラッドベリ、イラストレーターのメビウスなど、内外のクリエイターが参加。プロジェクトの中心人物は、前述の藤岡豊プロデューサーである。

 そのパイロットを観た数年後、1989年に『LITTLE NEMO』本編が完成した。完成した作品は決して悪くはない。内容は子供を対象にしたスタンダードなものであり、ビジュアルの出来はよい。日本で作られたディズニースタイルのアニメとしては、最高級の仕上がりだろう。それは今回のDVD化にあたり、再確認した。制作サイドも近藤・友永版のパイロットを惜しいと思ったのだろう、映画冒頭にそれをリメイクしたシーンがつけられている。
 だけどそれは、パイロットフィルムを観たときに抱いた期待に、応えてくれるものではなかった。僕は、アニメージュで『LITTLE NEMO』の記事を担当する事になり、山本二三の手によるイメージボードをお借りした。これもインパクトのある、迫力満点のものだった。記事を組むにあたり、かつて観たパイロットやイメージボード、それと本編のギャップに戸惑いを感じた。パイロットフィルムは劇場で公開されるわけではないのだから、公開時期にパイロットで記事を組むわけにはいかない。これは自分の評価で記事を組むべきではないと判断して、アニメージュの読者に『LITTLE NEMO』を観てもらい、その感想をまとめに使うかたちで、記事を組んだ。今思うと日和った仕事だったかもしれない。山本さんのイメージボードは、ドカンと大きく掲載した。

 劇場公開が終わっても、僕の『LITTLE NEMO』は終わらなかった。公開後にLD-BOXがリリースされ、それを購入した。LD-BOXには映像特典として近藤・友永版だけでなく、出崎統版のパイロットフィルムも収録されており、初めて出崎統版を観た。リアルに空間を作り、ひとつのシークエンスを丹念に描いた近藤・友永版に対して、出崎版は映画のハイライトシーン集を思わせる構成で、シャープでダイナミックなもの。これも素晴らしい映画の完成を予感させるものだった。だが、やはり仕上がった映画とは随分とテイストが違う。
 さらに、2004年に大塚康生の著書「リトル・ニモの野望」(徳間書店)が刊行されて、『LITTLE NEMO』完成までの道のりを詳しく知る事ができた。近藤喜文が亡くなられた後に、彼の手によるイメージボードが発表され、また「リトル・ニモの野望」にも宮崎駿や近藤喜文のイメージボードが掲載された。
 今回の『LITTLE NEMO』DVD化にあたって、その解説書をお手伝いする事になり、改めてスタッフに話をうかがい、トムス・エンタテインメントに残っていた資料をチェックした。僕が目にした資料は、全体のごく一部なのだろうが、それでも、内外のクリエイターによって描かれたスケッチやデザインが膨大なものであるのはよく分かった。DVD解説書と映像特典には、イメージボードの一部が収録される予定だ。また、近藤・友永版、出崎版のパイロットフィルムも収録される。

 7年間の歳月の間にメインスタッフは二転三転し、クリエイター達が提出したアイデアやデザインの大半は使われずに終わった。制作過程で、優れたアイデアやデザインが破棄される事は珍しくはない。作品の評価は完成されたフィルムでなされるものあって、制作過程に何があったかは問題にすべきではないだろう。だが、『LITTLE NEMO』を語る場合、どうしても制作過程を無視する事はできない。できあがったフィルムそのものよりも、その制作過程に、アニメ『LITTLE NEMO』の本質があるのではないか。そう思うほどに残されているイメージボードや、パイロットフィルムが魅力的なのだ。

 
[DVD情報]
DVD「リトル・ニモ」
BCBA-2320/カラー/133分(本編95分+特典38分)/ドルビーデジタル(ドルビーサラウンド)/片面2層/16:9(スクィーズ)/日本語・英語音声収録(日本語字幕ON/OFF可能)
価格:8190円(税込)
発売日:12月23日
発売・販売元:バンダイビジュアル
[Amazon]
 

 

■第23回へ続く

(05.11.21)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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