アニメ様365日[小黒祐一郎]

第493回 『太陽の王子 ホルスの大冒険』は“今の作品”だった

 『太陽の王子 ホルスの大冒険』は中学か高校のときに、上映会で観た。なお、今回の原稿では、作品の概略についての説明は端折らせていただく。

 先にアニメ雑誌や専門書で知識を仕入れていたので、観る前から『ホルス』がどんな作品なのかは知っていた。大塚康生・高畑勲・宮崎駿が若き日に手がけた作品である事も、社会的なテーマが盛り込まれている事も、制作が中断して制作に3年の歳月がかかった事も、そうなった理由も知っていた。記憶が間違っていなければ、僕は初見時に、群狼が村を襲撃する場面で「会社の指示で、止め絵にした場面とはここか」と思っている(ただ、2度目の鑑賞と記憶がゴッチャになっているかもしれない)。若い読者諸君も、過去の作品に接するときに、そんなふうに感じる事があると思うが、どこか知識を確認しながら観ているようなところがあった。
 ではあるが、『ホルスの大冒険』は決して、埃をかぶった過去の名作ではなかった。僕にとって、新鮮な魅力に溢れた“今の作品”だった。知っている事を確認しながら観ていたというのは、観る前にこの作品を“知っているつもり”になっていたという事であるのだけれど、想像していたよりも、観る者に訴えかける力のある映画だった。

 冒頭のシーンからして興奮した。主人公のホルスが走りながら群狼と闘う。あまりの迫力と臨場感に驚いた。ホルスは縄を結んだオノを武器にしているのだが、それを振り回す描写で、作画でオノの重さが表現されており、それにもシビれた。群狼との闘いからの流れで、岩男のモーグが登場する。モーグは全身が岩の巨人である。半身が地面に埋まっていたらしいモーグが、ゆっくりと立ち上がる。その巨大感は圧倒的だった。カットの積み方、構図の取り方、作画それぞれが完璧だ。
 狼に追われたホルスは岩に駆け上るのだが、その岩は、半ば地面に埋まったモーグの指だった。ホルスを載せたまま、モーグの手が大きく動く。ホルスを襲っていた狼達は、モーグの手から落ちていく。目もくらむようなビジュアルだ。ホルスが上半身を起こしたモーグを見上げているカットで、ホルスのずっと後方で、モーグの足が地面から現れる。それほどにモーグの身体は大きいのだ。モーグが両手を左右に開いて、ホルスに「このモーグ様も頭を下げて、とくと拝見にうかがう事にするよ」と語りかけるカットの、構図の見事さは、今観ても溜息がでる。僕の初見は、上映会の小さなスクリーンであったはずだが、まるで大きな劇場のスクリーンで観たような、強烈な印象が残っている。
 細かいことを言えば、モーグの身体の描き方も、僕にとっては見どころだった。モーグにはセルで表現されたカット、ハーモニーで表現されたカット、セルとハーモニーを組み合わせたカットがあった。ハーモニーで表現された部分には、岩らしい質感があった。セルで表現された部分はフォルムも、色の塗り分けの感じもよかった。セル的な表現でのみ生まれる、フェティシュな魅力があった。

 ひょっとしたら、これは最新のメカアニメよりも、かっこいいのではないか。当時の僕はそう思ったはずだ。冒頭シーンだけではない。大カマスとの戦いも、村人が魚を漁る場面も、ルサンとピリアの婚礼のシークエンスも見応えがあった。アニメーションの魅力に溢れていた。『ホルスの大冒険』の作画は基本的にリアルタッチであり、全体にダイナミックなところがあった。リアルとダイナミズムは、作画監督である大塚康生のアニメーターとしての持ち味であるはずだ。その手柄の全てが彼のものではないのだろうが、『ホルスの大冒険』は彼のアニメーターとしての力が最大限に発揮された作品なのだろうと思う。
 ホルスが初めてヒルダと出会う場面では、凝ったカメラワークとシーンの構成に感心した。近代のデジタル化されたアニメを見慣れた観客が、この場面を観ても特に驚きはしないだろうが、当時の僕にとっては驚異的な映像だった。平面の絵を撮影したのにすぎないのに、大変な奥行きと広がりが表現されていた。大げさだと思われるかもしれないが、初見時には、今で言うところの、遊園地の3D映像アトラクションを観ているような感覚を味わった。

 ビジュアルの話が先行してしまったが、勿論、ドラマや人物描写、モチーフもよかった。ヒロインであるヒルダの葛藤を描き、村人達のエゴを描く。まだ、「まんが映画」と呼ばれていた頃の作品ではあるし、悪魔や、言葉を喋る動物が出てくるファンタジーではあるのだが、決してきれい事だけの映画ではない。クライマックスで、ホルスが村人達と共に、悪魔グルンワルドと闘う展開は高揚感があり、ホルスのヒロイックな活躍に、素直に感動した。

 当時、そこまで整理して考えられたわけではないのだが、初見時の印象を言葉にすれば「これはアニメだ!」という事だった。古典的な「まんが映画」ではなくて、今の「アニメ」だという事だ。それが、どういう意味なのかは、次回で触れることにする。

第494回へつづく

太陽の王子 ホルスの大冒険

カラー/82分/ニュープリント・コンポーネントマスター/モノラル/片面2層/16:9 LB(シネスコ)
価格/4725円(税込)
発売元/東映ビデオ
販売元/東映ビデオ
[Amazon]

「ホルス」の映像表現

徳間書店/文庫判/840円
ISBN : 9784196695141
[Amazon]

(11.03.25)