アニメ様365日[小黒祐一郎]

第429回 『妖獣都市』

 『妖獣都市』はOVAの歴史に、燦然と輝く傑作である。川尻善昭にとっては、初めての本格的な監督作品であり、代表作だ。原作は菊地秀行の同名小説。川尻善昭はキャラクターデザイン・作画監督を兼任しており、さらに大半のシーンのレイアウトを1人で描いている。元々はOVAとして企画・制作されたものだが、ビデオリリースに先駆けて、1987年4月25日に劇場で公開されている。美術監督は男鹿和雄、音楽は東海林修。制作プロダクションはマッドハウスだ。80分強の長編。

 主人公の滝蓮三郎(声/屋良有作)は、人間界と魔界の均衡を保つために働く「闇ガード」だ。ふたつの世界の新たな休戦条約調印のため、霊能者のジュゼッペ・マイヤート(永井一郎)が来日。滝はジュゼッペ・マイヤートの護衛をする事になり、その任務のパートナーに魔界の美女・麻紀絵(藤田淑子)が選ばれた。滝と麻紀絵の前に、魔界の怪人達が立ちふさがる。
 端的に言葉にすれば、バイオレンスとエロスの作品だ。まず、アクションとエロスを融合させた娯楽作として完成度が高い。グロテスクなモンスターが登場するし、バトルは過激。エロティックな場面も濃厚なものではあるが、下品ではない。映像もドラマも、徹底的にスタイリッシュであり、クール。登場人物も雰囲気もアダルトであり、ハードタッチ。作品全体を、川尻善昭のダンディズムが貫いている。エログロかと思わせて、最終的にラブロマンスに持っていくのも巧い。

 画作りも凝りに凝っていた。キャラクターデザインは、後に彼が手がける『獣兵衛忍風帖』『VAMPIRE HUNTER D』に比べれば、ずっとシンプルなものであるが、決してそれらの作品と見劣りするものではない。色遣いが素晴らしい。個々のシークエンスが、モノトーンに近い配色で、特にブルーを基調にして、赤をポイントにした場面が印象的だ。川尻監督自身は、ブルーは都会の冷たい空気感、サスペンスを表現するのに最適だと語っている。また、彼がブルーを好んで使ったのは、技術的な理由もあった。当時のフィルムの感度では、なかなか思ったような色が出せなかった。一番安定して色が出たのがブルーだったのそうだ(そのあたりの話については、僕が編集した「PLUS MADHOUSE 02 川尻善昭」で、川尻監督にうかがっている)。

 キャラクターに関しては、麻紀絵が素晴らしかった。黒髪のショートヘアで、肌は白く、唇は赤い。真っ黒なスーツを着込んだ男装の麗人だ。戦闘能力は滝よりも高く、言動は華麗。気が強く、クールであるが、言動の端々に女っぽさがにじみ出る。ホラータッチの作品だからこそ成立するスーパーレディだ。ある種のフェティッシュが結晶化したような女性であり、全川尻作品の中で、最高のヒロインだ。藤田淑子の芝居も艶があった。
 麻紀絵に匹敵するインパクトがあったのが、敵キャラクターの1人である蜘蛛女だ。蜘蛛のような長い四肢を持った妖艶な美女で、彼女の巨大な性器には牙が生えている。その牙が生えた性器は、パクパクと開閉する。滝は、危うく一物を食いちぎられるところだった。初登場シーンでは、滝の前から立ち去っていく数カットの動きで、凄まじいばかりの存在感を醸していた。川尻監督は1コマ作画を使って、特殊なカットを作るのを得意としているが、その代表例が蜘蛛女の動きだった。

 アクションシーンの見せ場は多いが、その中からひとつ挙げるなら、前半にある空港のバトルだ。滝が、2人の魔界の人間と戦い、彼を麻紀絵が助ける。麻紀絵が初めて登場する場面でもある。シチュエーションの作り方も、雰囲気の出し方も見事なものだ。元々、『妖獣都市』は35分の作品として企画されていた。35分の企画では、空港のシーンで始まる予定だったのだそうだ。それが絵コンテが終わってから、80分の作品として制作する事になり、空港のシーンの前と後に場面を足して80分にした。なんとも乱暴な作り方だが、仕上がった作品を見るときちんとまとまっており、とてもそんな段取りで作られたとは思えない。
 空港のシーンは、35分の作品として制作されていた時に、パイロットとして先行して制作された場面なのだ。そのため、このシーンは川尻監督自身が原画を描いているカットが多い(「PLUS MADHOUSE 02 川尻善昭」編集時に、マッドハウス社内のアニメーターが所有している原画を見せてもらった)。ひょっとしたら、全部カットが彼の原画なのかもしれない。

 『妖獣都市』の話は、もう少しだけ続ける。

第430回へつづく

妖獣都市 [DVD]

カラー/80分/片面1層/スタンダード
価格/4935円(税込)
発売・販売元/ジャパンホームビデオ
[Amazon]

PLUS MADHOUSE 2 川尻善昭

構成・編集/スタジオ雄
価格/2310円(税込)
体裁/A5判
頁数/192頁
発行/キネマ旬報社
[Amazon]

(10.08.13)