アニメ様365日[小黒祐一郎]

第407回 データ原口

 アニメージュ編集部では、編集者にもライターにもユニークな人が大勢いた。僕にユニークだなんて言われたくないかもしれないが、そんな印象だった。際立って個性的だったのが、データ原口こと原口正宏さんだった。アニメ雑誌で仕事をしている人で、僕が「この人には絶対かなわないなあ」と思った相手は、後にも先にも彼だけかもしれない。
 当時から現在に至るまで、日本の全商業アニメの放映&スタッフデータをまとめている人物だ。人気作品や好きな作品だけでなく、全てのTVアニメ、劇場アニメ、OVAのデータを記録しているのだ。全テロップをテキスト化し、オープニングやエンディング、アイキャッチ等の変更もチェック。遡って過去の作品もデータ化している。言葉にすると簡単なようだが、大変な作業量だ。
 日本のアニメデータに関して、原口さんに匹敵する情報量を持つ組織は他にはないし、彼ほどの精度でデータをまとめているアニメ研究家もいない。原口さんは他の活動もやっているのだが、活動の基本にあるのはデータである。「データ原口」というニックネームは、アニメージュの女性編集者がつけたものだ。
 彼がアニメージュ本誌で仕事を始めたのは、僕より少し早かった。原口さんは、TVアニメーションワールドのライター側のリーダーであり、僕はその下にいたかたちだった。アニメージュで働くようになる前から、原口さんが仲間と作ったアニメデータ同人誌は買っていたし、顔を合わせる事もあったが、突っこんだ話をするようになったのは、アニメージュの仕事を初めてからだったはずだ。
 前から凄い人だと思っていたが、いざつきあってみると、想像以上だった。仕事に対する取り組み方が、僕達とは根本的に違った。データに関して例を挙げれば、サブタイトルがクレジットされる際に、サブタイトルが途中で改行されていたとしたら、改行をデータ上でどう扱えばいいのか。『サザエさん』には放映話数と別に、サブタイトル画面で制作ナンバーが表記される。この場合、話数カウントは放映話数に合わせるのか、制作ナンバーに合わせるのか。彼はそういった事をきちんと考えて、データ化のフォーマットを作ってから、データ化していた。
 僕らはアニメファンであり、マニアだった。それに対して、原口さんは研究家だった。アニメーションに対する造詣が深く、こだわりも凄まじい。『聖闘士星矢』に喩えれば、僕らが青銅聖闘士で、原口さんは黄金聖闘士。『キン肉マン』に喩えれば、僕らはキン骨マンとかイワオで、原口さんは完璧超人。要するにランクが違った。彼の本当の凄さを知るのは、翌年の「TVアニメ25年史」「劇場アニメ70年史」だ。その時の仕事ぶりは鬼気迫るものだった。情熱をぶつけているのがアニメのデータであるため、業界内でしか評価されないが、研究対象が別のものだったら、ノーベル賞をとりそうな仕事ぶりだった。「25年史」「70年史」の話は、また改めて記すつもりだ。
 僕も、原口さんと出会うまでは、TVアニメのテロップをデータ化していた。さすがに全てのアニメにまで手を広げる事はできないので、好きな作品、守備範囲の作品だけをデータ化していた。だけど、原口さんと仕事をするようになって、スッパリとやめてしまった。ここまでやっている人がいるなら、自分が半端な事をやっても意味がないと悟ったのだ。
 データ作りは諦めて、自分の得意な事で勝負する事にした。それはスタッフの個性に踏み込んでいく記事であったり、傑作や異色作を紹介する記事。あるいは作画マニア的な目線の記事だった。彼に出会わなくても、自分はそういった記事をやっていたと思うが、出会った事で確実にスタンスが変わった。

第408回へつづく

(10.07.13)