アニメ様365日[小黒祐一郎]

第372回 『オレンジ☆ロード』 伝説の「冬海岸」

 TVシリーズ『きまぐれオレンジ☆ロード』の43話「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」(脚本/富田祐弘、絵コンテ・演出/森川滋、作画監督/山本哲也)は異色作にして傑作。凄まじく突出したエピソードだ。僕が、全TVアニメの中から「シリーズ中で突出したエピソードベスト10」を選ぶとしたら、そのひとつとして、この話を選ぶだろう。
 話はシンプルだ。一弥の提案で、恭介達は海岸で開催されるミュージックフェスティバルに参加する事になる。皆を説得したのはひかるであり、彼女がつけたバンド名は「ピッカルズ」だ。ピッカルズのメンバーは恭介、ひかる、まどか。勇作、小松、八田もメンバーだったのかもしれない。22話「大人の関係!? まどか秘密の朝帰り」で登場した秀一、ゆかりが再登場する。恭介達は、秀一達のバンドと合同で、演奏の練習をしていた。秀一とゆかりはまたケンカをしており、練習の帰りにゆかりと出逢った恭介は、誘われて彼女のマンションについて行く。ゆかりと一緒にTVを観ながら、酒を呑み、楽しい時間を過ごす。恭介にそのつもりがあったのかどうか分からないが、結果的に恋人とケンカをし、寂しい思いをしていた彼女を慰める事になった。
 恭介が眼を醒ますと、彼はゆかりの寝室にいた。服は乱れていて、ズボンも脱いでいた。枕元にはティッシュのボックスと、丸められたティッシュ。自分がやってしまった事に気づいた恭介は「しまった」と独りごちる。恭介が目覚めた時、ゆかりはシャワーを浴びていた。シャワールームから出てきた彼女と眼があった恭介は、きちんと言葉を交わしもせず、慌ててマンションから飛び出してしまう。自分の家に帰る恭介。くるみとまなみは、兄が朝帰りをした事に呆れるのだった。いつもはあれほど饒舌に自分の心中をかたっている恭介が、この時ばかりは言葉が少ない。家に帰った彼のナレーションは「結局、僕は……」のみである。以上がAパートの内容。これが、第364回「『オレンジ☆ロード』とセックスと青春」でも話題にした、春日恭介の童貞喪失事件である。
 Bパートで、恭介が朝帰りした事がひかるにバレる。くるみ達が口を滑らせたのだろう。その場面でくるみが、恭介がまどかとエッチをしていたのではないかと、身も蓋もない突っこみを入れている。このエピソードで、一番生々しさを感じたのが、その一言だった。恭介はひとりでドラムの練習をしていたと言い訳をするが、その後、恭介が昨夜ゆかりと一緒にいた事がひかる達に判明。ひかるは「ダーリンなんて、大っ嫌いです!」という言葉を残して、その場から走り去る。以上がBパート半ばまでだ。
 ストーリーもセンセーショナルなものだったが、演出は、それ以上に特殊なものだった。まずシーンの頭に、チャプタータイトルとしてテロップを表示。テロップは書体も色遣いも凝ったもので、文面も「Cubic Game」「夜来香[ielaishan]」「belive me」「オレンジ色のnoise」「cry cry cry」「eden」と意味がとりづらいものばかり。キャラクターの衣装も美術も、彩度を落としており、モノトーンに近い色遣い。画面構成はフラットなものが多い。全体に映像が無機的だ。BGMは極端に少なく、セリフも多くはない。静かなフィルムだ。登場人物達は物憂げであり、若者らしい溌剌とした感じは皆無。おどけた描写もごくわずかだ。
 それだけでも凄いのだが、ダメ押しだったのが特撮的な特殊効果だった。バンドの練習シーン、傷心のひかるが街を走るシーン、クライマックスにおいて、ノイズ、新聞の紙面、実写の雲などのコピー(コピー機で複写したようなモノクロ画像。ビデオプリンターも使っていたらしい)をコマ撮りした映像を、キャラクターに重ねていた。森川滋は、これまでの話数やオープニングの第2バージョンでもコピーを撮影素材として使い、効果を上げていた。その集大成が「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」だったのだろう。
 「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」は、TVシリーズ『オレンジ☆ロード』の1本であるのと同時に、森川滋という作家の作品だった。非常にドライであり、クールなフィルムだった。スタイリッシュであり、アバンギャルドでもあった。Aパート頭の東京の街並み、泣きながら走るひかるにダブる新聞の紙面、シルエットで処理されたミュージックフェスティバル会場。いや、壁にもたたれて、まどかが立っているだけのカットですら、かっこよかった。そういった映像がシリアスなストーリーとマッチしていた事は言うまでもない。痺れた。猛烈に痺れた。当時の僕は、この作品の感覚を言葉にできなかった。今なら言葉にできる。つまり、アングラ映画的だったのだ。アングラ映画に感じるのと同じ、映像の力があった。
 そして「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」は異色作であるだけでなく、『オレンジ☆ロード』というタイトルの重要な部分を描いている。それについては、次回で触れる事にする。

第373回へつづく

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(10.05.25)