アニメ様365日[小黒祐一郎]

第258回 『タッチ』続き

 『タッチ』を観て、本当に凄いと思ったのはシリーズ後半のある場面だった。どの話数かは覚えていないが、試合中の球場に登場人物の1人がやってくる。登場人物は黙って試合を見ている。そんな場面だったと思う。遠くから応援団の太鼓の音や、声援が聞こえてくる。ひょとしたら、球を打った音も聞こえてきたかもしれない。その場面を観て、僕は球場の空気感を感じた。自分が真夏の球場にいるのかと錯覚するくらいに、はっきりと感じた。誰が観ても同じように感じるわけではないだろうし、僕自身にしても、別の機会に同じ場面を観て、同様の感想を抱くかどうは分からないが、それは鮮烈な体験だった。今まで山のようにアニメを観てきたが、あそこまで臨場感を感じた経験は、数えるほどしかない。
 『タッチ』の演出は独特であり、表現力が高かった。本放映当時、友達や現場で仕事をしている知人と、よく『タッチ』の演出について話をした。中でも話題になったエピソードが、25話「南の一番長い日! 早く来て カッちゃん!!」だった。和也が交通事故で命を落とす話であり、ここからの数話がシリーズ序盤のクライマックスとなる。地方大会決勝戦の朝、和也がお守りを忘れて行ったので、達也は両親に頼まれて学校に届けに行く。しかし、和也は学校に来ていなかった。試合が始まっても、和也は球場に来ない。その頃、達也は病院にいた。和也が亡くなった事を医者に告げられた達也は、球場に向かう。そして、観戦していた両親を連れだし、病院に向かうためにタクシーに乗せる。これが25話の内容だ。
 原作でもそうなのだが、達也が交通事故に遭った場面は描かれていない。弟の死を知った達也が驚く場面はあるにはあるが、表情の変化はあまりなく、手に持っていたお守りを落とすのみ、というあっさりした描写だ(さらに言えば、原作にあった「お気の毒ですが……」という医者のセリフをカットしているので、原作未読の視聴者は、和也が死んだのかどうか、その場面では分からなかったはずだ)。また、死を知った後の場面でも、達也のショックや悲しみを、内面に入り込んで描写はしていない。静かに描写が重ねられていくだけだ。
 セリフも少ない。そして、これが重要な点だが、最後に1曲だけクラシックを使った以外は、全くBGMを使っていない。その代わり、街を走る車の音、蝉の鳴き声などの効果音がたっぷりつけられているのだが、本放映時には、やたらと無音の場面が多いと感じた。交通標識、病院の全景といったBGオンリーも多い。試合が始まった後で、誰もいない上杉家、浅倉家を数カットかけて見せるシーンがあり、これも印象的だった。
 それまでの感覚でいったら、極端に抑えた作劇だった。そして、抑えた作劇ではあるが、いや、抑えているがゆえに、緊張感のあるフィルムになっていた。当時は、このエピソードを猛烈にリアルだとも感じたはずだ。僕は原作を読んでおり、和也が死ぬ事を知っていたのだが、それでもフィルムに呑まれてしまい、いったいどうなるのだろうかと、ハラハラしながら観た。25話は傑作であるし、とてつもなくインパクトのある話だった。当時、知り合いの若手演出家が、このエピソードでほとんどBGMを使っていない事に驚き、「TVアニメで、あんな演出が許されるんだ」と言っていたのが印象的だ。
 25話の絵コンテを担当したのは、芝山努だった。彼の演出家としての手腕が遺憾なく発揮された仕事であり、代表作であると思う。また、彼が『タッチ』全話で参加したのは、この話を含めて2本のみ。特に25話は、スペシャルゲスト的なかたちでの参加という印象だった。
 達也の両親、南が、和也の死を知る26話「試合終了! 君が いなければ…」、悲嘆に暮れ、新たな一歩を踏み出すまでを描いた27話「短かすぎた夏… カッちゃんに さよなら!」。この27話で、TVシリーズ『タッチ』は第1部が完結。続く28話から、第2部に突入する。26話と27話の絵コンテを担当したのが、『タッチ』でシリーズを通じて傑作回を連発した池田はやと。25話のトーンを受け継ぎ、演出的にテンションを下げる事なく、シリーズ前半のクライマックスをまとめている(放映当時、池田はやととは、『GU-GUガンモ』で活躍していた池田裕之の変名だと噂話に聞いたが、いまだに確認する機会がない)。
 『タッチ』のシリーズ序盤は、内容がコメディ寄りであるためか、作劇や演出が、中盤以降と随分違っている。序盤は、演出的にはユルいところがあるし、それほど渋い作りにもなっていない。『タッチ』の作劇や演出が完成していくのは、中盤以降だ。25話は、メインキャラクターの死を扱った話であり、シリーズの中でも特殊なエピソードだ。特殊なエピソードではあるが、後に完成する『タッチ』独特のスタイルの雛形になっているのではないかと思う。雛形という見方が間違っていたとしても、演出面におけるターニングポイントであるのは間違いないだろう。

第259回へつづく

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(09.11.27)