アニメ様365日[小黒祐一郎]

第186回 『少年ケニヤ』

 遂に『少年ケニヤ』について書ける日がやってきた。一度は原稿を書きたいと思っていたタイトルなのだ。『少年ケニヤ』は山川惣司が1950年代に発表した同名冒険小説を原作とした劇場アニメ。公開されたのは1984年3月10日。監督は「時をかける少女」等で知られる大林宣彦だ。『幻魔大戦』に続く、角川アニメ第2弾であり、制作プロダクションは東映動画(現・東映アニメーション)。共同監督としてクレジットされているのが今沢哲男だ。主人公のワタルが高柳良一、ヒロインのケートは原田知世と、角川映画でお馴染みの2人が主演を務めており(「時をかける少女」だと、深町一夫と芳山和子)、主題歌も、原田と同じ「角川3人娘」の1人である渡辺典子が歌った。ちなみに原田知世の芝居は『幻魔大戦』のタオよりはずっとよかった。細田守ファンには、高校生の細田守が参加できずに悔しがった作品として、記憶に残っているかもしれない(詳しくは単行本「この人に話を聞きたい」をどうぞ)。
 公開当時は話題作であったし、非常にインパクトのあるフィルムだったが、どういうわけか振り返られる機会の少ない作品だ。例えば、大林作品の歴史について触れる場合も、角川アニメについて語られる場合も、この作品は、なかなか話題にのぼらない。なんで? どうして? あんなに衝撃的な作品なのに?
 一言で言ってしまえば『少年ケニヤ』はアバンギャルドな映画だった。まず、映画の冒頭とラストに、実写で原作者の山川惣司が登場。冒頭では山川の背後に、大胆な合成で彼の作品の画像が流れる。合成された山川の身体と、そこに置かれた家具の輪郭が蛍光色で美しく光り、早くもファンタジックな大林ワールドが炸裂。その後も、あっと驚く映像の連続だ。主人公のワタル、父親の村上大助がアフリカの奥地に旅立つシーンは、セル画の輪郭線を排した独特のビジュアル(セルの裏からではなく、表から絵の具を塗るという手法だったはず)。街を出て草原に入っていくと、背景と色彩がなくなり、白地に描線のみになる。原作の緻密なペン画イラストをアニメで再現したものだ(草原に入っていくカットは、線路が左右に走っており、線路の手前は通常の背景で、線路の向こうはペン画イラスト風映像というシュールさ)。少なくとも劇場長編で、そんな手法を観た事がなかったので、初っ端から面食らった。
 普通のセルと背景の組み合わせに戻ってからも、実験的映像が随所に挿入される。一番インパクトがあったのが、背中にワタルを乗せたサイが、沼に現れるカットだ。サイはなんと、背景をビリっと破いて出現する。通常の背景と同じように、草木や雲が描かれた部分を「はい、これは紙ですから」とでも言わんばかりに、ビリっと破くのだ(実際には破かれたように作画している)。背景の向こう側に、空間があり、そこからサイが突っ込んできたとしか思えない。これには衝撃を受けた。
 他の印象的な場面を挙げるなら、父親とはぐれて独りっきりになったワタルが、ワニに襲われるシーンだ。ここは、背景とワニはペン画イラスト風処理で、ワタルのみがマーカー着色(セルの裏から白い絵の具を塗って、表からマーカーで塗っている)。マーカー着色の手作り感が、自主制作アニメのようで新鮮だった。真っ白い紙に少しずつ動物を描き、色を塗り、という1枚のイラストが完成するまでの映像を作成し、それを劇中で使ったところもある(DVDのライナーに掲載された田宮武プロデューサーの解説によれば、このイラストは山川惣司の手になるものであるらしい)。
 ペン画イラスト風処理は、何度も使われており、通常のセルとペン画イラスト風処理が混在しているカットも多い。河でワニに襲われていたワタルの父親が、船に乗った謎の一団に助けられるシーンは、河とワニと父親はペン画イラスト風処理、船と謎の一団と空は通常のセル。謎の一団が放ったロープに捕まった途端、父親が、ペン画イラスト風処理から通常のセルに変わる。ここは、DVDで見直しても頭がクラクラする。
 映画の中盤までは、ワタルとマサイ族のゼガ、金髪の少女ケートの冒険が描かれ、終盤では原子爆弾を製造しようとしていたナチスが物語に絡む。クライマックスでは原子爆弾が爆発し、その衝撃で太古の世界と現代がつながり、数多くの恐竜が出現。ワタル達の仲間である巨大蛇ダーナと、ティラノサウルスの大バトルが繰り広げられる。原作を読んでいないので、どこまでが原作どおりなのかは分からないが、ナチスの原爆製造から恐竜出現までの展開は、まるで予想していないもので、大層驚いた。しかも、このシークエンスは合成処理をかけまくっている。セルで描かれたキャラクターよりも、合成の方が主役になっているくらいの印象で、それも大林作品らしいとえばらしいのだが、ただでもよく分からない話が、さらに分からなくなっていた。ただ、その分からなさは、作品にとって必ずしもマイナスではなかった。物語が思いもよらぬ方向に、猛スピードで転がっていく心地よさがあった。冒頭からやってきた前衛的な手法が、クライマックスで物語とリンクした感覚もあった。
 ロードショーで観た時は、奇抜な部分ぱかりが目立ち、随分と変な映画だと思った。だが、改めてDVDで観直してみたら、少なくとも初見時よりは、真っ当な映画だと思った。クライマックスに至るまでに、ああいったアバンギャルドな表現がないと、恐竜出現がもっと唐突なものになった気がする。いや、それ以前に、当たり前の表現でストーリーを追うだけだったら、つまらない映画になったかもしれない。この映画は、キャラクターが絵でしかない事、アニメが作りものでしかない事を強調しており、ロードショー時はそのために、今ひとつ入り込めなかった気がする。

第187回へつづく

少年ケニヤ

カラー/110分/片面2層/モノラル/スクイーズ
価格/3465円(税込)
発売元/角川映画
販売元/角川エンタテインメント
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(09.08.11)