アニメ様365日[小黒祐一郎]

第177回 『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』

 1984年は、1979年以来の「劇場アニメの当たり年」だった。この年を代表するタイトルは『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』『風の谷のナウシカ』『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の3本だ。
 『ビューティフル・ドリーマー』は、今も多くのファンにリスペクトされている傑作であり、押井守監督の代表作だ。この作品について、僕は「アニメ様の七転八倒」で書いている(第4回 「美しき夢」を見る人)。その原稿で「当時の僕は19歳で、大学生だった」と書いたが、改めて考えてみたら、『ビューティフル・ドリーマー』は1984年2月11日だ。だったら、公開時には、まだ受験の真っ只中だった。いくらなんでも、公開直後に劇場には行っていないだろう。ひょっとしたら、劇場第1作『うる星やつら オンリー・ユー』がそうだったように、初見がビデオソフトだったのに、劇場で観たと勘違いしているのかもしれない。ここ2週間くらい、自分はロードショー時に本当に『ビューティフル・ドリーマー』を観たのだろうか? と自問自答したけれど、答えはでなかった。
 この映画に関しては、個々のシーンについて、初見でその場面を観てどう感じたかを鮮明に覚えている。たとえば、最後にタイトルロゴが出た瞬間に、「やられた!」と思った。確かにここまでタイトルが出ていなかった。「ここでタイトルが出るのは、あたる達の夢の日々は、ラストシーンの後も続くという意味なのか?」と思った。その後、スタッフクレジットが流れる中、タイトルロゴからカメラがひいてゆき、校舎全体が見えていく中で、いい映画を観た充実感に浸ったのも覚えている。やっぱり劇場で観たんじゃないかなあ。
 「七転八倒」でも書いたように、この映画に惹かれたのは、まず、劇中で描かれた「無限に繰り返される学園祭の前日」と「モラトリアムなサバイバル生活」の心地よさだ。それらは押井守の妄想であり、その妄想に浸る事は、僕達にとっても楽しかった。それから、これも「七転八倒」で書いた事だが、『ビューティフル・ドリーマー』は、TVシリーズ『うる星やつら』を肯定する作品であり、アニメ『うる星やつら』を完結させる作品でもあった。モラトリアムな幸せを肯定し、TVシリーズの『うる星やつら』を肯定した本作は、モラトリアムの中にあって『うる星やつら』を観続けている僕達の存在までも肯定してくれるようなところがあった。『ビューティフル・ドリーマー』は幸福感のある作品であり、当時は、どうしてそう感じるのか自分でも分からなかった。幸福感を感じた最大の理由は、自分達を肯定してくれる作品だったからなのだろう。
 理屈っぽいところや、凝ったストーリー構成もよかった。この作品にあった、ちょっと賢い感じが、当時の僕達にちょうどよかった。単純に個々のシーンも、個々のセリフも面白かった。深夜の友引高校で「暗いの怖い」と言っていた面堂が、校内が明るくなり、ラムの声が聞こえた途端に、二枚目に戻って「ラムさん!」と言って決める。ごく普通のギャグだが、あんまりにもタイミングがよくて、爆笑した。給湯室でのしのぶとラムのやりとりも、雰囲気があっていい。あたると面堂が乗った車が走るシーンで、マネキンを乗せたトラックを追い越すところも、夜の街の不気味さを上手に出していた。冒頭の特撮コスプレ軍団も楽しかったし、校長の長ゼリフも笑った。他のセリフで言えば、サクラの「トランキライザア」、面堂の「大笑い海水浴場!」、メガネの「退屈な日常と戦い続けるゲタ履きの生活者」だ。押井守にとっても全力投球した作品であり、引き出しを総ざらいした作品なのだろう。
 僕達にとって『ビューティフル・ドリーマー』は、押井守という作家と出逢った作品だった。それまでも、彼はTVシリーズの『うる星やつら』で傑作、異色作を残していた。その才能が凝縮されたのが『ビューティフル・ドリーマー』だった。僕達にとって、押井守は当時の巨匠達と比べても、充分に刺激的な存在になった。

第178回へつづく

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(09.07.29)