アニメ様365日[小黒祐一郎]

第166回 エピソードで振り返る『クリィミーマミ』5

 第4クールの望月智充演出担当回に、46話「私のすてきなピアニスト」(脚本/土屋斗紀雄 絵コンテ・演出/望月智充 作画監督/後藤真砂子)がある。マミは、TV局でアルバイトをしている貴宏という青年と出会う。彼が撮影で使う高価な花瓶を運んでいたところ、急いで走ってきたマミがぶつかって、花瓶は落ちて割れてしまった。それが2人の出会いだった。彼はかつてビアニストを目指していたが、とある事故で手にケガをして、ピアノを弾けなくなってしまっていた。ケガは完治しているのだが、事故のトラウマから抜け出す事ができず、いまだにピアノが弾けない。現在、彼は作曲家を目指しており、TV局でアルバイトをしているのは、留学する学費を稼ぐためだ。マミは彼に好意を抱き、そのトラウマを克服させようとする。
 「私のすてきなピアニスト」は演出も作画も洗練されており、『クリィミーマミ』ファンの間で評価が高いエピソードだ。ただ、僕は本放映時には、このエピソードが今ひとつ、好きになれなかった。理由は簡単で、マミがゲストキャラクターの貴宏を好きになってしまったからだ。優は俊夫が好きであり、彼女の気持ちが伝わるまでの物語だと思っていたので、なんで他の男を好きになるの? と感じたわけだ。
 このエピソードを観返して、本放映当時の僕はよく分かっていなかったんだな、と思った。「私のすてきなピアニスト」は、優がゲストキャラクターに恋した話ではなく、マミが恋した話だったのだろう。クライマックスの別れのシーンで、優が言ったセリフは「さよなら、マミの貴宏さん」だ。優の姿でいる時なのに、わざわざ「マミの……」と言っている。優とマミは基本的には、同一人格であるが、彼女の中にあるマミの部分が、貴宏を好きになったという事なのだろう。
 この原稿を書くにあたって「私のすてきなピアニスト」を観直して、感心した点はふたつ。ひとつはマミが貴宏を好きになっていく過程を自然に描いている事だ。出会いもそれほど劇的ではないし、特に貴宏を理想的な人物として描いているわけでもない。貴宏は、少しだけ二枚目で、わりと大人っぽくて、ほどほどに優しい人物だ。「さあ、これから恋愛が始まりますよ」といった段取りにはなっていない。さっきも書いたように、2人が初めて出会ったのがTV局だ。次はたまたま街で出会い、公園でアイスクリームを食べる。ここでマミは、貴宏がこれから行くビルの窓ふきのアルバイトを手伝いたいと言い出す。マミは、花瓶を割ってしまった責任は自分にもあるからアルバイトを手伝うと言っているが、一緒に行きたい理由は、どう見てもそれだけではない。この場面で、すでにマミは貴宏に興味を持っている。ストーリーだけ追うとやや唐突だが、フィルムで見るとナチュラルな流れだ。ああ、マミは貴宏が好きになったんだな、と思える。これは演出の力。描写の積み重ね方が巧いのだろう。
 もうひとつ感心したのはマミの強引さだ。貴宏のトラウマを知った彼女は、それを克服させるために、嘘をついて深夜のパルテノンプロに呼び出す。TV中継でピアノを弾かせる時も、事情を説明する前に、彼の手を握って走り出している。今観ると、そういったマミの強引さは、想いゆえの一所懸命さだと分かり、可愛らしく思える。だけど、本放映時はそれを「おせっかいで、ウザい女」だと思った。20歳の僕はとてつもなく子供だった。
 マミが貴宏のピアノ伴奏で歌うクライマックスは、しみじみとしたいい場面だ。マミの歌っている途中で、歌を流したまま、TV局全景、2人が出会った踏切前、一緒にアイスを食べた公園、ビル街などを見せていく部分は、胸に迫るものがあった。さっきも言ったように本放映時にはストーリーには共感できなかったのだが、この場面には背中がゾクゾクっとした。これから彼と別れなくてはいけないマミの想いが、歌と映像で表現されていたからだろう。
 もうひとつのクライマックスが、その直後の、貴宏が留学するためにニューヨークに旅立つシーンだ。優は空港まで見送りにきたが、マミに変身して彼に会いはしなかった。もう一度顔を合わせれば、自分が本当は小学生の女の子である事を話してしまうだろう。もう、彼に嘘をつくのは嫌なのだ。さっき話題にした「さよなら、マミの貴宏さん」のセリフは、ここで口にする。選曲のよさ、カット割りの上手さもあって、この空港の場面も鮮烈な印象を残すものとなっている。驚いたのが、その後のエピローグ部分だ。貴宏を見送った直後に、優は俊夫と腕を組んでデートに出かけてしまう。劇中でもネガが、その切りかえの早さに呆れていた。本放映時に僕がその優の振る舞いについてどう思ったと言えば、呆れつつも感心した。感心したのは、女性の強さと、現代っ子らしい調子のよさが表現されていると思ったからだ。貴宏との関係を描くのがこの話の主眼だが、その直後に俊夫とデートに行ってしまうオチが、この話を締まりのあるものにしていると思う。
 「私のすてきなピアニスト」には、もうひとつ触れておきたい事がある。放映当時、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の43話「いつか王子さまが」と似ている事が、ファンの間で話題になったのだ。「いつか王子さまが」は、大人モモが、アニメーターを目指す青年と恋をするという話だ。自分の正体を隠して大人の姿で恋をするところ、相手がアーティストの卵であるところ、後半で主人公が彼の手助けをしようところ、最後にアーティストの卵が主人公の正体に気づきそうになるところが同じだ。両作とも、脚本は土屋斗紀雄であり、彼にとっては「私のすてきなピアニスト」は「いつか王子さまが」のリメイクだったのかもしれない。ただ、本放映時にも、僕は両作品が似ているとは思わなかった。確かに筋立ては似ているのだけど、演出のタッチは、まるで違っていた。だから、僕にとって、全く別の作品だった。

第167回へつづく

魔法の天使 クリィミーマミ DVDメモリアルボックス

カラー/1521分/ドルビーデジタル(モノラル・一部ステレオ)/片面2層×12枚/スタンダード
価格/63000円(税込)
発売元/バンダイビジュアル
販売元/バンダイビジュアル
[Amazon]

(09.07.13)