アニメ様365日[小黒祐一郎]

第152回 『装甲騎兵ボトムズ』

 『装甲騎兵ボトムズ』については、前に別のコラム(「アニメ様の七転八倒」第5回 『ボトムズ』DVDBOXあれこれ)で書いた。作品概略については、同じ事を書いても仕方がない。以下は、前の原稿からの抜粋だ。


 『装甲騎兵ボトムズ』は1983年から84年まで放映されたロボットアニメ。製作は日本サンライズ(現・サンライズ)、監督は高橋良輔。リアルロボットものの代表作であり、その内容はハードなこと、この上ない。放映から20年以上経っても『ボトムズ』のようなロボットアニメは、他に登場していない。
 『機動戦士ガンダム』の、特にシリーズ前半にあったミリタリー的な部分を、より一層強めた作品。当時、僕はそんな印象を持っていた。確かに『ガンダム』はかつてない、リアルなロボットものであったが、やはり主人公メカのガンダムにはヒーローロボット的なニュアンスがあった。ドラマに関しても、思春期の少年の甘酸っぱい思いや、葛藤を描いたりもしていた。
 『ボトムズ』においては、主人公キリコが乗るAT、スコープドッグは大量生産された機体だ。『ガンダム』で言えば、アムロがザクに乗っているようなものである。乗っていたスコープドッグが壊れれば、別の機体に乗り換えるだけだ。キリコの設定年齢は18歳だそうだが、大人の男として描かれている。他のロボットアニメで主人公の少年が持つような、溌剌とした部分は皆無だ。彼は職業軍人であり、無口で、無表情。ドラマも基本的に男の世界。硝煙や機械油で汚れた世界だ。一応、フィアナとココナという女性キャラクターもいるが、他のキャラクターは、ほとんどが男臭い軍人ばかり。キャラクターデザインや作画はそれと見事にマッチした、骨太で荒っぽい絵柄。この作品ばかりは、画面が汚い方がいい。また『ボトムズ』は、ナレーションやモノローグも抜群にいい。有名なのが2話についた3話の予告だ。ちょっと長いが引用しよう。

 「食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。牙を持たぬ者は、生きてゆかれぬ暴力の街。あらゆる悪徳が武装する、ウドの街。ここは、百年戦争が産み落とした惑星メルキアのソドムの市。キリコの躯にしみついた硝煙のにおいにひかれて、危険な奴らが集まってくる。次回『出会い』。キリコが飲む、ウドのコーヒーは、苦い」

 シリーズ通じてナレーションやモノローグは、こんな感じだ。サブタイトルもシンプルだ。1話のサブタイトルが「終戦」。以降の話数も「ウド」「素体」「出会い」「二人」「バトリング」「罠」と、単語ひとつのタイトルが続く。『ボトムズ』は、恐らく唯一のハードボイルドロボットアニメ。男のためのロボットアニメだ。


 以上で、引用終わり。スタッフに目をやれば、原作・監督は、前番組『太陽の牙ダグラム』に引き続き登板の高橋良輔。彼はハードな作品ばかりを手がけているわけではないが、ファンからハードアクションものの専門家のように思われるケースが多い。それは『ボトムズ』の印象が強すぎるからだろう。脚本は五武冬史、吉川惣司、鳥海尽三が腕を振るった。骨太な画風が印象的なキャラクターデザインはこれが代表作となる塩山紀生、メカデザインは大河原邦男が務めている。
 1話はキリコがスキンヘッドで全裸の美女を発見する場面がインパクト抜群。世界観とこってりとしたビジュアルが新鮮で、まるで一昔前の海外SF小説みたいだと思った(そんなに海外のSF小説を読んでいたわけではないので、あくまでイメージの話)。この頃、シブいという表現が一般的だったかどうかは覚えていないが、非常にシブい作品であり、語り口を楽しむようなところがあった。作品にひとつのカラーがあり、そのカラーを貫いている点が素晴らしい。
 『ボトムズ』は「ウド編」「クメン編」「サンサ編」「クエント編」の4部構成で、一番好きだったのは「サンサ編」最初のエピソードである29話「二人」だった。この話の舞台は謎めいた宇宙船の内部で、登場人物はキリコとフィアナのみ。過去にキリコは、非戦闘員にまで手を出すレッドショルダー隊に所属していた。その宇宙船の中で、何者かによってレッドショルダー隊の記録映像が繰り返し流される。記録映像と共に悪夢のようにマーチが繰り返されるのだ。その意図は一体? まず、登場人物が二人しかいないという特殊な状況(厳密には、キリコ達以外に、彼らが乗っている宇宙船を拿捕しようとするバララントのパトロール隊隊員のセリフがあり、また、敵ATも登場)に痺れたし、ドラマに緊張感があるのもよかった。キャラクター的には、キリコが初めて酒を呑むというイベントもあり、彼らの人間味が感じられた。作画はアニメアールが担当。谷口キリコと迫力あるメカ作画が堪能できるエピソードでもあった。
 作画マニアの間で、この作品の各話スタッフで話題になるのはアニメアールだった。キャラクターに関しては、作画監督の谷口守泰が描くキリコは、ワイルドかつシャープな面構えで異彩を放ち、ファンの間で「谷口キリコ」の愛称で親しまれていた。谷口守泰はキャラクター設定に似せられなかったのではなく、似せなかったらしい。DVD BOX解説書のインタビューで、彼は「私としては『やっぱりキリコは、この顔やないなあ』というのはありましたね。塩山(紀生)さんには、ちょっと悪いですけれどね。まあ当時、それくらいのめり込まないと出来なかったように思うんですよ」と語っている。わざわざアニメアール社内作画用に、谷口キリコのキャラクター設定を作って使用していた。谷口キリコは格好よかった。似てはいないが「これはこれであり」と思えるものだった。アニメアールのメカ作画は、金田アニメ的なケレン味とリアリティを両立させたもので、当時最先端のスタイルだった。技術的に優れているだけでなく、描き手のやる気が画面に漲っているところが、また素晴らしかった。
 シリーズ終盤で、キリコがただの兵士ではなく異能者と呼ばれる一種の突然変異である事が分かり、彼がアストラギウス銀河を支配しているワイズマンの後継者になるのかどうかが、最終回で描かれた。ただの兵士に過ぎないキリコが、人為的に強化されたパーフェクトソルジャーと互角以上に戦うのを面白いと思っていたので、キリコが異能者であったのは少し残念だった。
 それから、本放映時から、ワイズマンの設定がなんとなく『マモー編』のマモーと似ていると思っていた。『マモー編』の監督である吉川惣司が、「クエント編」では最初の3本、ラスト4本の脚本を担当している。さて、この両者の関係は? 前述のDVD BOX解説書のインタビューで、吉川惣司はキリコに『マモー編』のルパンを投影させて、キャラクターを膨らませていたと語っており、また、ワイズマンの設定は高橋良輔監督のイメージを元に、彼が作った事が明らかになっている。この記事を読んで、長年の謎が解けた。
 キリコが異能者であったのは残念だったが、キリコが個を貫いた最終回は、納得できるものだった。『ボトムズ』には熱心な固定ファンがつき、その後も、続編や外伝が作られている。一昨年から去年にかけて新OVAシリーズ『装甲騎兵 ボトムズ PAILSEN FILES』がリリースされ、今年の1月にその劇場版が公開されたばかりだ。僕は、それらの続編や外伝にも目を通してはいる。出来が悪いわけではないのだけれど、TVシリーズが気持ちよく終わっているだけに、それらのタイトルには、いまひとつ愛着が持てない。

第153回へつづく

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(09.06.23)