アニメ様365日[小黒祐一郎]

第125回 『パタリロ!』のミカジュー問題

 第119回で『パタリロ!』について書いたが、それについて補足するかたちで、45話「ああ、花の新学期」について書いておきたい。原作とアニメの内容について詳しく説明してしまうので、それが嫌な方は、読み飛ばすのをお勧めする。
 45話「ああ、花の新学期」は、今回観返して一番面白いと思ったエピソードだ。この話の主な舞台は、日本の帝国中学(原作では私立帝国高校)。どういうわけか、この学校に視察にやってきたパタリロは、滞在中に、生徒会長の桜木に面倒を観てもらう事になった。桜木は副会長の美少女、八汐路が気になっているのだが、最近、八汐路は番長グループと付き合うようになっており、その裏には……という話。学ラン姿の美少年、セーラー服姿の美少女が、『パタリロ!』のあの耽美な絵柄で描かれており、ちょっと変わった味わいになっている。本放映時にも、その点が印象に残った。
 Aパート後半で、金に困ったパタリロが、桜木の紹介で喫茶店でバイトをする事になる。ウエイターになったパタリロは、客がトマトジュースをトマジューと略した事から、縮めて言うのが粋なのだな、と納得。次のお客がミカンジュースを注文したので、マスターに「ミカジュー、1杯ね」と注文する。それを聞いたマスターは「ミカジュー! とうとう来たか、この注文が……」と妙な反応。マスターは、レジ打ちのミカちゃんに声をかけて、彼女を奥の部屋に連れ込む。部屋からミカちゃんの「キャー」という叫び声や、「マスター、やめて」といった声が聞こえている。画面には、牛の乳搾りのイメージ映像が挿入され、やがて、ご機嫌なマスターがミルクが入ったコップを持って、奥の部屋から出てくる。そして「お待たせ、ミカちゃんの特製ミルクジュース、1杯」と言って、パタリロにコップを渡す。奥の部屋から、服が乱れたミカちゃんが出てきて、それを見たパタリロが「注文の仕方を間違えたかな?」と言って、この場面はオシマイ。
 喫茶店のマスターが勘違いして、働いている女の子の母乳を力づくで絞って、客に出すという極めて乱暴、かつエロチックなギャグだ。あまりにも強烈だったので、再見した数日後、吉松君と電話でやりとりした際に「『パタリロ!』でこんなギャグがあったんだよ」とその場面について話した。そうしたら彼に「だけど、それって原作と違うかもしれませんよ」と指摘された。「あれ? そういえば、原作だとどうなっていたっけ?」。気になって、改めて原作単行本を買って、このエピソードをチェックしてみた。45話「ああ、花の新学期」は、原作単行本7巻に収録された「学園物語」に相当するエピソードだ。喫茶店のシーンは、途中までは原作と同じ流れ。ただし、マスターが作ったミカジューがまるで違う。原作だと、ミカちゃんが奥の部屋に連れて行かれた後、「ギャー」という叫び声が聞こえて、その後に「ギュウギュウ」と何かを絞っていると思しき音、「ボタン、ボタン」という音が聞こえて、汗をかいたマスターが謎のジュースを持ってくる。アニメだとマスターはニヤニヤしているが、原作のマスターはシリアスで、何やら苦渋の表情を見せている。勘違いしたマスターが、ミカちゃんを殺害して、その身体を絞ってジュースを作ってしまったのか? という極めてブラックなギャグだ。
 つまり、原作にあるブラックなギャグは、そのままではとてもTVではできないので、エロ方面のネタに変られたのだろう。原作と比べてみると、「ミカジュー」の注文で、マスターが「ミカちゃんのミルク(を使った)ジュース」を作るのは、飛躍が大きすぎるかもしれない。第119回で、TVシリーズの『パタリロ!』について「んー、もうちょい!」と思う事があり、それが主にギャグについての不満だったと書いた。おそらく、このミカジューのシーンに関しても、僕は、本放映時には「原作のブラックさがなくなってる!」と残念に感じたのだろう。
 他の部分も比べてみると、冒頭のパタリロと帝国中学校長の漫才で、同性愛ネタがちょっと薄味になっているし(「こともあろうにワセリンなしで」というセリフが別のものになっている)、パタリロと番長とのかけあいでは、アデランスの商品名がなくなって、名前が挙がる芸能人が変わっている。瑣末な違いなのだけど、当時の僕は、そういった改変について「ヌルくなった」と思っていた。他の話数もそんな目線で観ていた。心が狭かったなあ。自分の思い込みが、作品の面白さを損なってしまう事もある。それが今回の教訓だ。
 ここで原稿を終わらせてもいいのだが、45話「ああ、花の新学期」の面白さについて、原作と比較しながら触れておきたい。まず、パタリロが日本の中学校に視察にやっていくるという妙なシチュエーション。原作では、パタリロが日本に来た理由があるのだが、アニメではそこをすっ飛ばしたので、唐突にやってきたかたちになっている。日本に来た理由がわからない事で、シチュエーションの面白さが強調されている。原作のこの話では、警察長官とタマネギは登場しないのだが、アニメでは、ベッドの上で女装した警察長官とタマネギが絡むシーンがある。タマネギが扇子で長官の身体をなでて、長官があえぐといもので、どうみても変態プレイだ。パタリロが、番長グループのたまり場を大砲で攻撃する描写は原作にもあるのだが、音や空間の表現があるだけ、アニメではインパクトが倍増。原作のラストは、パタリロのクックロビン音頭に乗せられて、番長が踊り出すというかたちでオチがつくが、アニメのラストは、その後でクックロビン音頭が学校全体に広がって、先生と全生徒が踊り出す(ここは本放映時にも笑った)。それに対して、パタリロが「クックロビンで、校内暴力よ、さようなら」と言って、猛烈な強引さで話をまとめている。確かに、番長グループがパタリロ達とケンカする場面はあったけれど、この話は、特に校内暴力を扱った話ではない。それなのに「校内暴力よ、さようなら」と言って終わらせるあたりの、視聴者を煙に巻いている感じもいい。全体に、他の回よりもシュールさが強く、アングラな感じが漂っていると思う。この話を一番面白いと思ったのは、そのためだ。
 出演者に目をやれば、細面の桜木を演じたのが、美形キャラでお馴染みの塩沢兼人、ちょっと蓮っ葉なところのある八汐路を演じたのが島本須美。各話のキャストの美味しさも『パタリロ!』の魅力だが、この話もなかなかのもの。作画監督は兼森義則で、原画はスタジオバード。肉感的なキャラクターの描き方と、同スタジオ独特のポーズが楽しめる。演出はチーフディレクターの西沢信孝。彼はこの後、劇場版『パタリロ! スターダスト計画』を手がけるが、TVシリーズで演出を担当した最後のエピソードとなる。ご本人にとっても、力が入ったエピソードだったのだろうと思う。

第126回へつづく

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(09.05.15)