アニメ様365日[小黒祐一郎]

第121回 ロリコンブーム

 1982年頃、アニメファンやマンガファンの間で、ロリコンブームが盛り上がっていた。『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の話をする前に、ロリコンブームに触れておきたい。
 僕はそちら方面の専門家ではないけれど、多少はロリコンをかじっていた。美少女マンガ雑誌「レモンピープル」は創刊から数年は買っていたし、その前に、吾妻ひでおの「純文学シリーズ」を目当てに自販機本の「少女アリス」を買った事もある(まだ僕は未成年だった。ちなみに「少女アリス」の実写ヌードグラビアはシンドかった)。まんが画廊に出入りしていた事もあって、ロリコン同人誌の草分けである「シベール」にも目を通していたし、その増刊のアニメ特集号「アニベール」は、コミケットで並んで買った。1983年春だったと思うけれど、知り合いのアニメファン(サラリーマン)が交通事故で入院した時、お見舞いに「レモンピープル」を買って持っていった。今となっては笑い話だ。
 さっきも書いたとおり、そちら方面の専門家ではないし、身の回りの濃かった人に比べると、それほど入れ込んでいたわけではない。だから、当時のブームの全体像を把握している自信はない。ではあるが、以下の内容について、裏を取ったりしないで、印象のみで書く(多分、そんなに間違った事は書かないとは思うが)。当時のロリコンブームとは何だったかというと、単純に「マンガ、アニメファンが、美少女キャラクターの魅力に気づき、熱中した」という事だろうと思っている。今では、アニメファンが美少女を好きなのは当たり前になってしまったし、成人男性が若い女の子を好きなのも珍しい事ではないと思うが、当時はそうではなかった。「美少女」という言葉が特別なものであり、今よりもずっと甘美な響きがあった。
 ロリコンという言葉は、ロリータ・コンプレックス(Lolita complex)の略であり、本来は少女愛の意味だ。つまり、大人の男性が、少女に恋愛感情を抱いたり、性的な興味を持つ事をいうのだが、このロリコンブームにおいては定義が曖昧だった。17歳くらいの女性キャラも対象になっていたし、あるいはキャラクターを好きになる人間が、その女性キャラとあまり年齢が変わらない場合も多かった。たとえば、17歳の男性が15歳の少女キャラを好きになっても、ロリコンではないだろうと僕は思っていたが、当時はそれもロリコンと呼ばれていた。可愛らしい女の子、清純な女の子が好きならロリコンといった感じだった。二次元のキャラクターを好きになる事と、ロリコンがゴッチャになっているところもあった。ブームと言っても、本当に小さな女の子が好きな人はわずかであり、ファッションで「俺はロリコンなんだ」と言っている人が多かった気がする。
 ロリコンブームの中心となったキャラクターは『未来少年コナン』のラナ、『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスであり、この1982年に『魔法のプリンセス ミンキーモモ』のモモが加わるというかたちだった。ブームの中心人物であった吾妻ひでおのお気に入りキャラであったため、『女王陛下のプティアンジェ』のアンジェも、脚光を浴びる事が多かった。
 『カリ城』の劇中で、ルパンがカリオストロ伯爵に対して「妬くな妬くな、ロリコン伯爵」と言っている。インパクトがあったし、ロリコンブームにおいて、シンボリックなセリフだったと思う。『カリ城』初見時に、僕はロリコンという言葉は知っていたし、すでにロリコン同人誌を見た事もあった。だけど、公の場で、その言葉を耳にしたのは初めてだった。また、『カリ城』で初めて「ロリコン」という言葉を知ったファンも多かったのではないかと思う。『未来少年コナン』と『カリ城』は発表された時には人気が今ひとつであり、この1982年頃から、ファンの間で再評価の気運が高まるのだが、それはロリコンブームと決して無関係ではなかった。
 当時はロリコンとか、美少女という言葉をタイトルに入れた同人誌、雑誌、特集などを頻繁に見かけた。美少女を描くのを得意とする作家も、大勢現れた。メジャーなマンガ誌である「週刊少年チャンピオン」に、ロリコンマンガ家の内山亜紀が連載を始めたのも、この年だったようだ。アニメ雑誌で、一番印象的だったのが「アニメージュ」1982年4月号に付録としてついた「ロリコントランプ」だった。要するに、女性キャラクターの画像を使ったトランプなのだが、ネーミングのインパクトが凄まじかった。この頃の「アニメージュ」の付録には傑作が多いが、僕の周りで一番受けたのが、ロリコントランプだった。
 「アニメージュ」と言えば、1982年6月号で宮崎駿が、ロリコンについてコメントしている。第4回アニメ・グランプリの歴代ベストワン・キャラクター部門で、クラリスが4位を獲っており、それについての記事だ。要約すると、今の若い人は「憧れ」の意味でロリコンという言葉を使っているようだ。それは思春期には誰でも経験する事で、自分も『白蛇伝』の白娘に憧れた時期があった。だけど、自分達は憧れを「遊び」にしなかったし、それを大っぴらに口にするのは恥ずかしかった。今の自分はロリコンを口で言う男は嫌いです、というものだ。
 この「ロリコンを口で言う男は嫌いです」という発言は、ファンの間でちょっと話題になった。僕も驚いた。えー、宮崎さんだって美少女が好きなのに、そんな事を言うの? と思ったわけだ。今になってこのコメントを読むと、真意が分かる。ロリコンを否定しているわけではなくて、憧れてもいいから、節度を持てよ、と言っているわけだ。どうして当時の僕はそんな事が分からなかったんだろう。宮崎駿にロリコンを否定されたのがショックで、文章をちゃんと読みとれなかったのだろうか。
 当時、ロリコンブームの影響下にあるタイトルとしては、まずは『くりぃむレモン』を始めとするアダルトアニメシリーズが挙げられる。『くりぃむレモン』のリリースがスタートするのが1984年だ。TVシリーズでは、1982年に吾妻ひでおのマンガを原作とした『おちゃめ神物語コロコロポロン』の放映が、1983年に同じく吾妻ひでお原作の『ななこSOS』の放映が始まっている。これらはロリコンブームを意識して、企画されたものなのだろう。ただし、『コロコロポロン』は子ども向け作品だったし、『ななこSOS』もロリコンブームの中心になるような仕上がりではなかった。むしろ、ファンが飛びついたのは、本来は女児をメインターゲットにした企画であった『ミンキーモモ』であり、1983年スタートの『魔法の天使 クリィミーマミ』だった。
 この時のブームが、現在に至るまでのアニメ、マンガ、ゲーム等に影響を与えているのは、言うまでもない。現在の「萌え」とよばれる作品群の隆盛に繋がっているわけだ。

第122回へつづく

(09.05.11)