アニメ様365日[小黒祐一郎]

第87回 『夏への扉』

 『夏への扉』は、印象に残る映画だった。初見時に「新しいアニメに出逢った」と思った。公開されたのは1981年8月22日で、59分の中編。製作は東映動画だ。同時上映は、吉田秋生原作の『悪魔と姫ぎみ』だった。公民館やホールといったオフシアターでの上映を目的として企画された作品だったが、記憶に間違いがなければ、僕は普通の映画館で観ている。オフシアター上映のために製作したが、一般の小屋にもかけたという事だろうか。
 この作品と劇場版『地球へ…』、TVスペシャル『アンドロメダ・ストーリーズ』を収録した「竹宮惠子 DVD-BOX」の解説書に、原作者の竹宮恵子、プロデューサーである田宮武の対談が掲載されている。その対談によれば、全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)から、通常の東映作品の興行とバッティングするという理由で、『夏への扉』の公開に横槍が入ったとある。東映動画がそんな映画を作って、同じ東映作品の興行を邪魔するのはおかしい、と苦情が出たのだろう。そのため、この作品には東映動画の名称も、田宮プロデューサーの名前もクレジットされていない。東映動画作品である事を、観客に隠したわけだ。プロデューサーとして、秋津ひろきという名前がクレジットされているが、これは田宮プロデューサーの別名だそうだ。オフシアター方式でのアニメが続かなかったのも、一般興行との兼ね合いのためだったのだろう。解説書の対談を読むまで、僕は『夏への扉』が、田宮プロデューサーの作品だという事を知らなかった。『地球へ…』『夏への扉』『アンドロメダ・ストーリーズ』の3本は、田宮プロデューサーによる、竹宮恵子原作長編アニメ3部作だったわけだ。
 『夏への扉』は東映動画とマッドハウスが組んだ作品であり、制作現場はマッドハウスだったはずだ。スタッフについては、次回改めて触れるが、監督は真崎守(クレジットでの表記は演出)、作画監督は富沢和雄だ。舞台となるのは20世紀初頭のフランス。主人公のマリオンは寄宿舎生活を送る少年で、彼を含む4人の仲間は、合理主義を掲げて「合理党」と名乗っていた。彼らは自意識が強く、センシティブであり、異性とセックスに対する興味と畏れの間で揺れていた。同性愛的な想いも絡み、物語は悲劇に向かって進んでいく。原作に関しては、初見前後にざっと目を通しただけなので、比較はできないが、映像に関しても物語に関しても、少女マンガの繊細さ、柔らかさを上手に表現していた。『地球へ…』もそうだったが、少女マンガのアニメ化は、ほとんどの場合において、原作の繊細さが失われていると感じていたので、それだけでも驚きだった。
 思春期の青さを描いた作品であり、当時高校生だった僕には、ちょっとくすぐったいところのある映画だった。伯爵夫人であるサラが、主人公のマリオンに性の手ほどきをするのだが、それについては「アニメでこんな話をやるんだ」という驚きがあった。TVの洋画劇場でよくやっていた「青い体験」のような映画だと思った。マリオンは初体験を済ませた途端に、別人のように明るくなるのだが、初見時にも、そのあまりの変わり方に苦笑した。ベッドシーンでのサラのヌードは、かなり肉感的に描かれており、印象に残っている。他のところは少女マンガなのに、そこだけ男性向け映画のような気がしたのだ。サラとのベッドシーンよりも、後半に少しだけ描かれた少年の同性愛的な想いの方が、センセーショナルなものと感じた。当時の僕が、そういったものを映像作品で観た事がなかったからだろう。また、伯爵とサラのやりとりは、実にアダルトなもので、それも印象的だった。今観直しても、そのねっとりとした感じを、面白く感じる。
 内容よりも、映像の方が印象的だった。そのビジュアルは「鮮烈」という言葉が相応しいものだった。冒頭の走るマリオンのアップから、引き込まれた。モノトーンの色遣いでハイキーな感じを出し、スローで動かして、髪をゆっくりと揺らす。その映像は美しく、また、劇的なものだった。その後のちょっとパースがついた画で、全身の走りを見せるカットも、1カット内に走っているマリオンの姿をいくつも重ねていくカットも、格好よかった。続く決闘の場面がまた凄い。黒、青、赤の3色で画面が構成されており、宙を舞う真っ赤な花びらのイメージが強烈だった。『夏への扉』で最初に思い出すのが、冒頭の走るマリオンと、決闘の場面だ。
 それ以外の場面も凝っていた。それまで観た事のないような、美しい映像が続出した。メインキャラクター初登場時に、止め画になり、レースの様な布地が画面に載るパターンも、品があってよかった。キャラクター作画は、顔もいいのだが、いかにも少女マンガ的なプロポーションもよかった。美術も撮影も技を駆使していた。今の言葉で言うと、映像を作り込んでいる感じだった。表現に先鋭的なところがあり、それが作品や登場人物の繊細さとマッチしていた。凝った表現が、作品の魅力に繋がっているところがよかったのだろう。
 今の目で観ると、ナレーションが饒舌過ぎると思ったり、作画に粗いところあると思ったりもするのだが、当時はまるで気にならなかった。キラキラと光る宝石のような作品だと思った。

第88回へつづく

夏への扉

カラー/本編59分/ニュープリント・コンポーネントマスター/片面1層/モノラル/4:3
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竹宮惠子 DVD-BOX

カラー/256分(本編)/ニュープリント・コンポーネントマスター/3作品収録3枚組/モノラル/4:3(1部 16:9 LB)
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(09.03.17)