アニメ様365日[小黒祐一郎]

第78回 『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』

 1980年の『ドラえもん のび太の恐竜』に始まった劇場長編『ドラえもん』は、リニューアルを前にした2005年に休んだ以外は、毎年新作が発表されている。今年公開される『ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史』は、シリーズ第2作『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』の再アニメ化であり、第29作となる。
 僕は、劇場長編『ドラえもん』シリーズの最初の数本は、劇場で観たり、観なかったりだった。毎年公開されていくうちに、劇場長編『ドラえもん』は見応えがあると分かり、1984年のシリーズ第5作『ドラえもん のび太の魔界大冒険』から、毎年劇場で観るようになったと記憶している(1990年代に劇場で観ていない時期があるのだが、その理由については、いずれこの連載で話題にする)。
 シリーズ第6作『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』の1985年から、東京では公開に合わせて「大人だけのドラえもんオールナイト」というイベントが公開されるようになった。最初の年と翌年はそのイベントに行き、そこで第4作『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』までの観ていなかった作品も、劇場で観る事ができた。劇場長編『ドラえもん』をまとめて映画館で観るのは、幸せな体験だった。最初に開催された時は、こんなイベントは2度とないかもしれないと思って、皆で誘い合って行った。その時の劇場の客席には、業界の方、アニメ雑誌ライターの方、僕の先輩にあたる濃いアニメマニアの方々の顔もあり、濃い空間だった。上映が終わった後で、知り合いと明け方の喫茶店に行って、感想を語り合ったのもいい思い出だ。
 劇場長編『ドラえもん』シリーズで、どれがベストかは意見が分かれるところだろう。僕が好きなのは、第2作『のび太の宇宙開拓史』と第5作『のび太の魔界大冒険』だ。どちらかを一番に選ぶのは難しいが、この2本のどちらかがベスト1で、どちらかがベスト2だ。『のび太の宇宙開拓史』は素直に感動した。よくできていたし、面白かった。公開時に劇場で観たかどうかは、よく覚えていない。同時上映の『怪物くん 怪物ランドへの招待』を劇場で観た記憶があるので、多分、ロードショーで観たのだろうと思う。
 『のび太の宇宙開拓史』では、のび太が暮らす日常の世界と、宇宙の彼方にあるコーヤコーヤ星が交互に舞台になる。他の長編劇場長編『ドラえもん』が、のび太達が異世界に行って冒険をして帰ってくるという構成であるのに対して、『のび太の宇宙開拓史』は、のび太とドラえもんが、日常の世界と異世界を行き来する物語だった。超空間のねじれによって、のび太の部屋の畳の下とコーヤーコーヤ星が(厳密に言うと、コーヤーコーヤ星に住むロップル少年の宇宙船の倉庫が)つながってしまった。コーヤコーヤ星の重力は地球よりもずっと小さく、地球では冴えないのび太も、スーパーマンになれた。トカイトカイ星のボーガント一味は、コーヤーコーヤ星のガルタイト鉱石を狙っていた。ロップル達と仲よくなったのび太とドラえもんは、ボーガント一味と対決する事になる——というのが大筋。監督は西牧秀夫で、作画監督が富永貞義、レイアウトが椛島義夫。富永貞義はこの作品から、第23作『ドラえもん のび太とロボット王国』まで、劇場長編『ドラえもん』の作画監督を務めている。西牧秀夫は『さすらいの少女ネル』『杜子春』『グリックの冒険』と、連続して椛島義夫とコンビを組んでおり、この作品もその流れの中の1本だ。
 劇場長編『ドラえもん』は、TVシリーズで描かれている日常から飛躍して、異世界でのスケールの大きな冒険が展開されるところが魅力だった。『のび太の宇宙開拓史』は、スケールの大きさに関しては他の劇場長編『ドラえもん』には及ばないのだが、「日常」と「異世界」のギャップを徹底して描いているところがよかった。畳の下が異世界に繋がっているという設定も、「日常と異世界の冒険」の物語に相応しいものだったし、藤子・F・不二雄のSF短編に近いものがあると思った。ジャイアン達に馬鹿にされたり、ママに叱られたりしているのび太が、コーヤーコーヤ星に出かける時には、キリリとした顔つきのヒーローになるところがいい。射撃とあやとりというのび太のふたつの得意技を、最大限に活かしているのも嬉しかった。ロップルには、クレムという可愛い妹がいて、のび太は、彼女にあやとりを教えてやるのだ。2人は恋愛感情を持つまでには至っていないのだろうが、デートをしている場面もあり、その関係性もよかった。
 感動的な場面は、やはり、武田鉄矢作詩の挿入歌「心をゆらして」が流れるラストの別れだろう。のび太の部屋とコーヤーコーヤ星の超空間の繋がりは、すでに途切れそうになっており、これが、のび太とロップル達の今生の別れになるはずだ。のび太の部屋の下に見える、コーヤーコーヤ星の人々の姿がどんどん小さくなっていく。超空間の繋がりがなくなる直前に、クレムがのび太にあやとりをやって見せて、のび太がクレムからもらった雪の花を見せる。そこで涙腺が緩くなった。SF的なアイデアとドラマが合致した名場面だ。ここは演出的にも力が入っており、また、作画もいい。クレムのあやとりをやっている仕草も可愛いし、できたあやとりをのび太に見せるポーズもいい。のび太は雪の花を見せる前に、あやとりに対して拍手をするのだが、その拍手の芝居に、のび太のクレムに対する優しい気持ちが存分に表現されているのが素晴らしい。また、別れのシーンの終わった後、コーヤーコーヤ星から帰ったジャイアン達が、夢見るような顔をしているのも、冒険の余韻が感じられていい。
 他に好きなシーンは、のび太達がコーヤーコーヤ星で過ごした日々を、画面分割で見せる部分。それから前述のデートの場面だ。ドラえもんには、チャミーという友達ができており、のび太&クレム、ドラえもん&チャミーが、それぞれボートに乗ってダブルデートをする。木々が紅葉しており、星形の葉が落ちていくロマンチックさがよかった。
 この原稿を書くために、DVDソフトをレンタルして、久しぶりに『のび太の宇宙開拓史』を観た。劇場長編『ドラえもん』シリーズに関しては、最近の作品まで同様なのだが、4対3のスタンダード画面で制作し、公開時にマスキングしてビスタにして上映する形式だった。DVDソフトは4対3のスタンダードでの収録であり、そのために画面の上下に余裕があるレイアウトになっている。つまり、劇場公開時よりも、しまりのない構図になってしまっているのだ。これはもったいない。

第79回へつづく

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(09.03.04)