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アニメーターと演出家の生活を豊かにするために
JAnicA(ジャニカ)世話人 芦田豊雄インタビュー


今年6月に設立された、日本アニメーター・演出協会、略称JAnicA(ジャニカ)。スタジオライブ社長の芦田豊雄さんをはじめ、アニメ界のベテランの方々が中心となって活動している「アニメーターと演出家の生活向上」を主な目的とした団体だ。世話人を務める芦田さんに、JAnicA設立のきっかけや今後の展望などについて、お話をうかがってきた。

PROFILE
芦田豊雄(ASHIDA TOYOO)

1944年東京生まれ。TCJ(現・エイケン)でアニメーターとしての活動を始め、虫プロを経て、フリーに。その後、1976年にスタジオライブを設立し、現在に至る。主な代表作は、キャラクターデザインを務めた『UFO戦士ダイアポロン』『魔法のプリンセス ミンキーモモ』『銀河漂流バイファム』『魔神英雄伝説ワタル』、シリーズディレクターを務めた『北斗の拳』、監督作品の『VAMPIRE HUNTER D[1985年版]』『世紀末救世主伝説 北斗の拳[劇場版]』など多数。

2007年6月25日
取材場所/都内・JAniCA設立準備室
取材・構成/五所光太郎


●関連サイト
日本アニメーター・演出協会(JAnicA)
http://www.janica.jp/

── 芦田さんは、現在JAniCAでどのようなポジションなんでしょう。
芦田 世話人ですね。今は、業界に影響力のある方々に発起人になってもらおうと、協力を要請してまわっているところです。
── なぜ、JAniCAという組織を作ろうと思われたんですか。
芦田 アニメ業界の労働条件については、長い間考え続けていたんですよ。私だけでなく、皆さん考えてきたと思うんですが、まあ40年間、愚痴だけで終わってきたっていう事ですよね。JAniCAの入会申し込みのところに「時給500円の世界」って書いてありますけど、あの数字は月収50万円のベテランから、月収6万の新人までの出来高給を平均して、更に時給換算にして一般に分かりやすくしたものなんです。実際には、時給200円とかっていう人も沢山いるわけですよね。この状況を放置してきた最大の責任は、我々自身にあるんだろうなって思うんですよ。小学校の時に親から決められたお小遣いを、中学生、高校生になってもニコニコしながらもらっていると、やっぱり額を上げてくれないっていうか(笑)、黙っていると「それで満足してるんだろ」っていうふうになっちゃいますからね。我々の他にも、経営者を含めて、その辺の事をやらなければいけなかった人は沢山いると思うんですけれど。
── なるほど。
芦田 つくづく思うんですけけど、自分も含めて「我々って非常に自虐的だな」と思いますね。自虐的というか、ニヒリズム的というか……(苦笑)。机に頭突っ込んで、机に呪縛されて、自分の世界だけで黙々とやっている。なんだかそんな感じがしますよね。「とにかく、描いていられれば、それだけで嬉しい」というか。
── 画を描く喜びで全部許されてしまうというか、それで満足してしまうと。
芦田 そうですね、許されてしまうだけでなく、利用されてしまう事もある。まあ、それが日本の職人の伝統というか、習性なんですね。昔から、日本の職人ってそんな仕事をしてしまうじゃないですか。我々もアニメの仕事をやっていて、同じようにギャラ以上の仕事をやっちゃいますよね。そこにもたれて、日本のアニメってのは動いてきたわけですよ。『鉄腕アトム』が、アニメブームの始まりとするならば、そこから40数年経って、20歳だった奴が60過ぎになってしまった。私自身もそうですが、アニメ業界が老齢化社会を初めて迎える事になったんです。これは、我々が今まで経験しなかった事ですよね。これから60歳以上の人達っていうのは、どんどん増えていくわけですよ。しかも、アニメ業界には、フリーランスの人達が多い。これから先、彼らはどうしていけばいいのか。今50歳の人は、自分はまだ大丈夫と思っているかもしれないけれど、みんな年をとっていくわけですからね。
── そうですよね。これから、日本全体が超高齢化社会に入るわけですし。
芦田 ええ。しかも、こういう業界の中で、お金は安いわ、日曜日も休まないわみたいな事をしているせいで、奥さんに逃げられちゃって独りという人も多いだろうし(苦笑)。業界にネットワークがないもんだから、そういう人が孤独死していくような状況がこれからどんどん増えていくのは目に見えている。それを何とかしたいと思っているのが、まず一点ですね。
── なるほど。他にはどのような事を?
芦田 なかなか難しいとは思うけれど、やっぱり金銭的な問題ですね。「どうにかできるでしょう!」って思うんですよ。業界全体を大きな樹に喩えると、樹齢は40数年の木ですけれど、上の方は枯葉や紅葉した葉っぱやら、それから病葉やらがチラチラと落ちてきて、根っこの方は優秀な人材が入ってくれないために、根腐れを起こしているっていうのが、今のアニメ界の状況だと思うんです。これから先、アニメーション産業が、トヨタみたいに世界に冠たるような産業になっていくのか、それとも繊維産業みたいにジリ貧になっていくのか、今は完全にその瀬戸際だと思います。これはアニメーター、演出家がどうのこうのという事ではなく、まずアニメーションに関わる全ての業界や全ての人達、それから、「世界に誇る文化」と政府が言うんであれば、その辺の人達も含めて、ちゃんと考えていかなければいけない。アニメーターっていうのは、アニメーションの中核中の中核ですよね。そこの部分を、もっと健全にしていかないとダメでしょっていう。これに関しては、ほとんどの人が異論はないと思うんだよね。だから、「みんなで考えましょうよ」っていう事なんです。
── 現場レベルで感じている危機感を、業界全体で考えてほしいというアピールなんですね。
芦田 いや、今まで話してきたような問題が起きているっていう事は、TV局も代理店も出版社もみんな知っていますよ。そんなもん知らない方がおかしい。JAniCAっていう組織に対して、「芦田は圧力団体を作って、組合活動を仕掛けてくるのか」って警戒する人達がいるかもしれないけれど、そういうレベルの問題ではないんですね。NPOを目指していますんで、所謂労働組合という事ではない。つまり、「もう少し中核の人達の生活が成り立つように、みんなで考えてよ」という事ですね。そこがダメになってしまったら、あなた達の職業だってダメになってしまいますよと。TV局、代理店、メーカー等々、アニメ業界絡みで働いている人って沢山いると思うんですよね。サラリーマンの人の中には、アニメーションがなくなっても、自分は他の部署に配属されるからいいやと思っているかもしれない。でも、そうはいかなくて、アニメ関係の部署がなくなってしまうと、まずはリストラの対象になっていくでしょう。
── 他人事ではないですよね。
芦田 配置転換ではなくて、リストラの対象になる。だから、「今だったらまだ間に合うんで、一緒に考えてほしいな」っていう事なんです。これがいちばん大きな事です。とはいえ、一挙に収穫というか、実りを手にできると思ったら大間違いで、きっと5年も10年もかけて、少しずつよくしていくっていうふうにしていかないとダメなんでしょうね。(日本)脚本家連盟にしたって、もう40年は経っていますし、世代交代を繰り返しながら、段々よくしていくしかない。
── 今後の展望について聞かせてください。
芦田 さっきも言ったとおり、NPO法人を目指していますんで、できれば公的な補助金を注入してもらって運営の一部にしたいと思ってます。あとはやっぱり我々演出家やアニメーターの方で自助努力もしていかなければいけない。それと、TV局や代理店、大きな制作会社、そういうところにもフォローをお願いしたいですね。
── どんな事をですか。
芦田 公式サイトにも書いてありますが、我々は無謀な事は言っていないんですよ。例えば、TVシリーズ1話あたりの直接制作費が1000万とすると、作画や演出に使われるお金は大体30%になりますから、約300万。その直接制作費を1000万から1300万にしてもらうと、これまで月収10万だったアニメーターが20万になるんですよ。月収10万の人が20万になれば、ギリギリ東京で暮らしていけますよね。
── ええ、なんとか都内の家賃も払えますね
芦田 「じゃあプラス50パーセントなら?」という事になると、プラス300万じゃなくて、プラス150万で済みますよね。あと150万上乗せすれば、月収10万の人は15万になる。勿論、月収1000万の人は1500万になる。別に、社会主義を目指しているわけではないので、「月収3000万の人は、稼ぎの少ない人に配れ」という事ではない。「3000万の人は4500万になればいいじゃない」っていう事です。まあ、そんな人はいないと思うけど(笑)、そうなればいいじゃないって事ですよね。
── なるほど。
芦田 あと、制作現場で起きている大きな矛盾を言うと、今この業界で名を成していくためには、他人に犠牲を強いるしかないという、困った状況にあるんですよね。分かりやすく言うと、たった10万円しか予算がないのに、自分の満足のいく作品を作るために、50万円分の仕事を周りに強いるって事です。で、当然ながらそれに関わったスタッフ、それから制作会社は両方とも貧乏になりますよね。でも、周りはそういった事情を知らないから、監督だけが評価を受けて、彼のところにTV局やメーカーからから直接話が来るようになる。そうして、彼は有名になり、上昇していくわけですが、これは決して理想的な作り方ではないんですよ。作品数が多くて予算が低い状況の中で、演出なり監督がいい作品を作るためには、非常に後ろめたさを感じざるを得ない。「1カット3000円の仕事で、3回もリテイク出せないよ!」って、結局出しちゃうんだろうけど(苦笑)、そういう後ろめたさとストレスを感じながら作品を作っていくっていうのは、とても悪い精神環境だと思う。自分に前向きでありつつ、腹の中にニヒリズムを抱え込んでゆくという自己矛盾は悲しいですよね。だから、制作会社にとっては、そういう監督とかを抱えた時に、彼らが看板でありつつ、困った存在でもあるというのが事実でしょう。
── 難しい問題ですね。
芦田 今は作品を上げていくために、いろんな人の協力と犠牲の上に作品が成り立つわけですから、「俺は今成功しているから関係ないよ」っていうのは、悲しいなっていうのがありますね。だから、今のような話もちょっと考えてほしいなと思います。今の話は「俺の事だな!」って、怒る奴もいるかもしれないけれど(笑)。
── いえいえ。発起人探しで、実際にスタジオをまわられて、感触はいかがですか。
芦田 7割ぐらいの人には、すでに賛同してもらっています。でも、いろんなプレッシャーや、圧力があるんじゃないかという事を気にしている人もいますよね。それから、さっきも話したように「自分は今調子よくやっているからいいや」って思っている人もいるかもしれない。でも、売れてる時代が永遠に続くと思ったら大間違いですよ(笑)。それは、自分を振り返って言っているんですけど(笑)。
── え、そうなんですか? 芦田さんご自身は、今はスタジオライブという会社を経営されているから、極端な話、JAniCAのような組織は必要ないというところはないんですか。
芦田 そうかもしれませんね(苦笑)。なんだかカッコいい話になってしまうと困るんだけど、もう口に出しちゃったし、やるしかないんですよ。
── そういう意味では、芦田さんご自身への利害は関係ないんですね。
芦田 ええ。もし今、利害があるとしたら、会社に凄い迷惑をかけている事ですね。つまり、社長として稼ぎが悪いと。これはまずいですよね。
── 公式サイトにも書いてあるように、むしろ経営者としての芦田さんにとってはマイナスかもしれませんよね。
芦田 そういう事になりますよね。だから、社内の経理もマネージャーも、内心は余計な事をと思っているかもしれない。でも、スタジオライブの連中だって、やっぱり同じような条件で働いているわけで、これ以上彼らの条件をよくするのは、今のままでは無理なんですよ。この試みが成功すれば、ライブの連中の収入も今よりよくなりますからね。
── なるほど。
芦田 あと、今の利害の話に関係して、もうひとつ言っておきたいのは、「自分は、JAniCAのトップに立たない方がいい」と最初から思っているという事。今は私の周りでいろんな人が協力してくれて動いているわけですが、組織がきちんと設立した時に、芦田が「会長で座ってました」っていうのは、JAniCAのイメージとして非常によくないと思うんですよ。
── どうしてですか。
芦田 芦田がいろんな人を巻き込んで、結局自分がトップに座りたかったのかと思われてしまうからです。どうしてもそういう印象って残ってしまうし、やっぱりその辺を突っ込んで悪口を言ってくる奴がいると思うんですよ。そういう悪口は、芦田への悪口じゃなくて、JAniCAへの悪口になってしまって、JAniCAのイメージが悪くなってしまう。そういう隙は作っちゃいけない。だから、勿論見張りはさせてもらうけど、私が組織の頭に立ってというのはよくないという客観的な判断ですね。
── NPO法人になった時点で、トップには別の人がなった方がいいという事ですか。
芦田 そうですね。私ではなく、もっと相応しい人がいるだろうなと思います。とはいえ、これは演出家かアニメーターのどちらかに限りますけどね。他の業種の方をトップに座らせるっていうのはマズいと思います。
── 組織が本格化したら、まずどんな事をやってみたいですか。
芦田 いちばん最初にやりたい事は、やっぱり健康保険の問題ですかね。健康保険に入っていなくて、病院にも行けない人も多いでしょうから。あとは、アニメーターの年金みたいなものを設けて、これぐらいの年齢になったら多少なりとも年金のようなものを払うっていう事ができるといいなと思っています。
 それと、みんなが立ち寄れる、サロン的な事務所が作れるといいですよね。マンションの一室を借りてという事ではなくて、ギャラリーやカフェも一緒にあって、みんなが立ち寄って話をしたり、仲間が集まれる場所。スペースの一部を、打ち合わせルームとしてアニメ業界全体に開放するのもいいですよね。今だって、喫茶店とかあちこちで集まっているんだろうから、いくらかでもお金を払ってもらって、そこを利用してもらうと。そうすれば、そこに行くといろんな人に会えるだろうし、これから70、80になっていく人間は、行くところもないだろうから、そこにいる事もできる(笑)。
── そこで、新しい仕事が発生したりすると素敵ですね。
芦田 ええ。そこで、ベテランが新人を育てたりできると理想的ですよね。
── それが、将来的な夢という事ですか。
芦田 そうなってくれるといいなと思ってます。ちなみに、カフェの執事役は、金山(明博)さんに決まってるんですよ(笑)。
── そうなんですか(笑)。今さらこんな事を聞くのもなんですが、実際に行動を起こされて、協会という組織を作るのは、凄くエネルギーが要ったと思います。何か直接のきっかけはあったんですか。
芦田 そうですね……。去年、金山さんの作品展があったんですよ。その後に、池袋で虫プロのOB達と集まって、色々話をしたんですけれど、それが直接のきっかけですかね。そこで今話したような話題になって、自分ではよく覚えてないんですけど「やれる事をやってみようかな」って発言したらしいんですよ。そしたら、「芦田がやるって!」という話になって、引っ込みがつかなくなっちゃった(笑)。
── そうだったんですか。
芦田 「やるんなら協力しますよ!」って言ってくれる協力者も出てきて、人を巻き込んでようやくここまでこられたんですよ。でも、今まで頑張ってきて、これからも頑張ろうっていう、その最大の推進力になっているのは、「これって正論だよな」っていう事なんですよね。
── 公式サイトにある設立の提案書を読んで、細かいところはともかく、「これは違う」っていう人はほとんどいないと思います。
芦田 そう言っていただけるとありがたいですね。でも、業界内には「どうせ、協会なんか作ったってダメだよ」って言う連中が、意外と多いんですよね。「まとまれるわけないじゃん」っていう、自虐的ニヒリズムが体に染みついてしまっている(笑)。
── 正論だけど、正論だけにそうそう上手くはいかないんじゃないかと。
芦田 でも、やっぱり「正論だよな」って思うんですよ(笑)。「大義は、こちらにあるでしょ」って事ですよね。だからこの問題に関しては、それこそ偉い政治家にも会って話をしたいと思っているんですよ。できれば、麻生(太郎)さんのところに、早く辿り着きたいですね。
── なるほど。アニメや漫画に理解のある発言を多くされていますものね。
芦田 そうなんですよ。やっぱり、日本のアニメーションというのは物凄いと思いますよ。日本みたいに、子供の頃からアニメや漫画に慣れ親しんできている国って他にないですよね。この文化というのは、手塚治虫に端を発する、日本人の根っこにあるものだと思います。今、東アジアの方でお金を投じて、一生懸命日本に追いつけ追い越せってやっているけど、日本と全く同じものを作るのは難しいと思うんですよ。
── どういう事ですか。
芦田 工業製品なんかと違って、完全にマニュアル化する事はできないものなんです。だったら、自国で人材を育てるより、現役の平均時給500円のアニメーターを全員雇った方が早いですよね。東アジアの国が、「じゃあ時給1000円出すよ」って言えば、日本のアニメーター達はみんな生活が苦しいからそっちに行っちゃいますよ。欧米だったら、5倍ぐらい出すかもしれない。しかも、日本のキャラクターは世界に浸透していますから、キャラクターもコンテも日本製でいいし、仕事場所も国内でOK。その方が、国費を投じて技術者を育てるよりも、はるかに効率がいいですよね。
── なるほど。
芦田 そんなかたちでのアニメ技術者の流出は、もう始まっているんですよ。私のところにだって、やるかやらないかは別として、外資のオーダーが来ていますからね。家賃もままならない生活をしていたら、日本の文化なんて言ってる余裕はない。その先にある、日本のアニメーションの将来を考えると、恐ろしいですよね。
── 最後に、WEBアニメスタイルを読んでいる、アニメーターや演出家の方、そしてアニメファンへの呼びかけをお願いします。
芦田 誰でもいいから応援してほしいなと思っているんですよね。業界の方は勿論、エディターやライターの方もそうですし、漫画家さんとかね。アニメファンの方も、まずは公式サイトを読んでもらって、JAnicAの活動を話題にしてくれるとありがたいです。
── 自分のブログにJAnicAの事を書いたり、友達に話したりするのでもいいんですね。
芦田 勿論です。あなたも含めて、お願いしますよ! ぜひともこの運動を盛り上げてください。
── 分かりました。事務所に帰ったら、早速応援団に登録します。今日は、どうもありがとうございました。


(07.08.16)

 
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