【アニメスタイル特報部】この春いちばんのヒール役だった!?
『迷い猫 オーバーラン!』各話監督制のヒミツ

中山プロデューサー

この春いちばん話題になった番組が、『迷い猫 オーバーラン!』だろう。公式サイトでは、放映直前まで監督名は「交渉中」と表記され、何事かとアニメファンの注目を集めた。スタートしてみれば、「各話監督制」という珍しい制作方式で、さらに注目の的に。しっとりした人情話から、ブルマかスパッツかを巡るドタバタ、果てはロボットアクションまで、各話のバラエティに富んだ作りが目を惹いた。なぜこのようなやり方で制作する事になったのか。特殊な制作方式ならではの苦労はあったのか。ジェネオン・ユニバーサル・エンターテインメントの中山信宏プロデューサーに、改めて狙いを聞いてみた。


── どうして各話監督制でやろうという事になったんでしょうか。
中山 実は最初、とある監督にオファーしていたんですが……その方がこちらのオファーの前に声がかかっていた別の作品が急遽前倒しになって、スケジュールがかぶってしまって。それで、引き受けていただけなくなってしまったんですね。『迷い猫』は、ああいう作品なので、単なる萌えものっぽくは作らないような方に監督をお願いしたかったのですが、すでに放映まで1年を切っていて、その時点で他にいい方が選定できなくて。そうしたら、うちの川瀬(浩平プロデューサー)から「それならいっそ、各話監督というかたちでいいんじゃないのか」という意見が出たんですね。個人的にも、その頃、様々な作品で、演出面で何か良い方法はないかと思っていたところだったんです。演出の方が作品の特性を理解しないままスタンダードに処理して、あとで作品全体を理解している監督になんとかしてもらう、というような出来事がままあったりして。だったら、各話監督制にすれば、トータルバランスはさておき、各話の演出面での完成度が上がるんじゃないのか。他にやっていない事だし、一度やってみるのもいいんじゃないか、と。それで原作元に提案してみたら、ご快諾をいただけたんです。そんな流れで、やろう! という事になりました。
── つまり、原作がバラエティに富んでいるので、それを各話監督にして、さらに凸凹した感じにしよう、という事ですか。
中山 そのときは、今回の本編ほど凸凹した感じになるとは思ってなかったんです。ロボット編をやろうなんて、まったく最初は思ってもいなかったし(笑)。
── あ、なるほど。それはそうですね。
中山 ああいうかたちになっていったのは、原作の3巻までやろう、と決めてからですね。4、5巻までやるというのであれば、オリジナル編を入れる余裕はありませんから。
 その頃、ちょうど並行して監督の選定も進めていたんです。AICの福家(日左夫)さんに、いろんな監督さん達にお声がけしていただいて、こちらでもおつきあいのある監督さんに連絡をとって。それで、最終的にPVのあおき(えい)さん、特典映像の菅沼(栄治)さんを含めて、15、16名に引き受けていただけそうだ、という事になったんですね。
 その時点で、これだけ個性的な監督がそろうのであれば、オリジナル話数は、ある意味縛られずにやってもいいんじゃないのか、という流れになって。それで、原作の松(智洋)先生を含めたプロデューサー陣で、やりたいエピソードを「せーの!」で挙げてみたんです。そのときに、ロボットの回とか歌メインの回という話が出てきた(笑)。
── その時点では、監督は話し合いには参加してないんですね。
中山 そうです。監督は介在してません。
── じゃあ、プロデュースサイドで、ロボットものをやる事にして、誰に頼もうか、という事になった?
中山 ええ。久城(りおん)さんでお願いします、と(笑)。そのあたりは監督以外のスタッフィングにも関わる事なので、やっぱり福家さんがいちばん大変だったと思います。ですから、実現しなかったネタもいくつかありましたね。とあるベテラン監督に受けていただけそうだったので、その方ならこういう話をお願いしたい、とプロットまでいったものもあったんですよ(笑)。結局、スケジュールの関係で流れてしまったんですが。そんなかたちで、最終的には18話分ぐらいのネタを作りました。で、松先生に各話の大まかなプロットを書いていただいて、その中から選んで、メインライターの木村(暢)さんにシナリオを起こしてもらった、というかたちですね。
── なるほど。各話監督制とおっしゃっていますけど、なおかつ各話制作会社制でもありましたよね。
中山 そうです。いわば総グロス制ですね(笑)。
── 制作協力としてクレジットされているところが、アニメーション制作を担当されてるわけですよね。しかも全話で制作会社が違うじゃないですか。
中山 かぶっていませんね。各話監督制だと5話ぐらいが一斉に並行して進行するので、ひとつの制作会社では対応できなかったんです。それなら、いっそのこと制作現場も各話ごとに探しましょう、という事になったんですね。
── 大地丙太郎監督の回に至っては、音響スタッフまで違いますよね。
中山 そうなんです。シナリオまではこちらで詰めさせていただいて、そこから逸脱しないのであれば好きにやってください、という前提だったんですが、大地さんはコンテが上がってきた瞬間に、これはもう直しようがない、と(笑)。それでこのままやっていただこう、という事になりました。
── 各監督さんは、脚本打ち合わせには参加しているんですか?
中山 してます。脚本までは必ず出ていただいてます。
── 大地監督の回の卓球シーンが、ちょっとHな描写になっていましたよね。あれはどうしてああなったんですか。

中山 あれは、最初にこちらからお願いするときに、「申し訳ないんですが、ジェネオンって必ず、温泉話をやるんです」っていう前提でお話させていただきました(笑)。いわゆるサービス回ですね。ただ、シナリオでも卓球をやるという事ではあったんですが、当然ながらああいう内容ではなくて、そのあたりは大地さんがコンテで遊んでいただけたのかと(笑)。
── 大地さんのああいう感じって久しぶりでしたね。ガチャガチャした感じの作品としては『妖精姫レーン』以来かもしれない。
中山 そういう意味では、大地さんの真骨頂をやっていただけたと思っているので、原作者含めて、制作サイドは、みんな大喜びでした。
── 他に、この人にこれをやってもらって面白かったというのはありますか。
中山 この話数がどうこうというより、通して観たとき、思った以上に、各監督の特性が出たなあ、と感じましたね。もっと地ならしされてしまうかと思っていたんです。板垣(伸)さんには特徴のある走り方の処理をしていただいているし、八谷(賢一)さんは魔法少女ものかと思うようなシーンがありました。平池(芳正)さんはキャラクターの見せ方に特性が出てましたよね。で、大地さんは今言ったとおりですし(笑)。福田(道生)さんはスタンダードだったと思うんですが、それでも、カットの使い方とか音の貼り方に独特のこだわりがありました。で、池端(隆史)さんはやっぱりギャグセンス的に「池端フィルム」になりましたね。久城さんは、ロボット話という事で、ご自身の特性全開でしたし。小野(学)さんには、「申し訳ない、パロディやってください」ってお願いしたら、そのまんまにやっていただけて(笑)。
── ははは(笑)。
中山 平田(智浩)さんがいちばん意外といえば意外でしたね。私は堅いものをやられているイメージがありましたし、作業の間にも「萌えって分からないんだよね(苦笑)」とおっしゃっていたんですが、キャラのたて方といい見せ方といい、すばらしい仕上がりでした。
 (佐藤)卓哉さんは、私は『苺ましまろ』の時からおつきあいさせていただいているので、最初から、卓哉さんのフィルムにしてほしいなと思っていたんですね。雰囲気や空気感は想像していたかたちになったんじゃないかと思ってます。レイアウトや間で雰囲気を作るあたりが卓哉さんらしいところですね。
 草川(啓造)さんは、初めてのおつきあいだったんですけれど、こんなにコメディっぽくなるんだ、と驚かされました。打ち合わせの様子とかは、とても真面目な印象の方なんですよ。
 で、佐藤順一さんは、本読みとでのやり取りと絵コンテの段階で、佐藤さんらしい雰囲気が出てた上に、演出処理をカサヰケンイチさんが引き受けてくださって。
── これはまた豪華でしたよね。
中山 無駄に、って言うと語弊がありますけど(苦笑)。監督経験者2人で作ってくださって、きれいに締めていただいたという感じでした。
── どうして最終回は佐藤さんだったんですか。
中山 スケジュール組みの後半で、いちばん最後を締めていただくのは、佐藤さんがいいんじゃないか、という話が出ていたんです。そのあたりは、バーナムスタジオの里見(哲朗)さんにご協力いただいて、TYOさんにお話ししてくださったんですね。そうしたら、知らないうちに、カサヰさんに演出が振られていました。

── えっ、それは誰が振ったんですか?
中山 それは、多分、現場の方ですね。
── というと、TYOの方という事ですか。
中山 ええ。多分『ミラクル★ トレイン』を担当していた班なんだと思います。
── ああ、なるほど。各話の監督はどこまで立ち会われたんですか?
中山 基本的にはV編まで。ただ、V編も、オールラッシュまでの方と、現場に来られる方といらっしゃいました。処理以降の現場を、お任せだったのは佐藤さんぐらいですね。アフレコ以降はカサヰさんが立ち会ってくださいました。
── 監督のいる作品であれば、OPや次回予告は監督が見るわけですが、今回はどうされたんですか。
中山 OP・EDは、これも監督経験者の方にやっていただいてます。それは敢えて各話の各監督陣にはお見せしませんでした。そういう意味では、監督経験者の方がやっていないと言えるのは、予告ぐらいですね。予告については、どうしようかという話になったんですよ。というのは、任せる監督もいなければ、そもそも、次の話数の画が絶対にない。実は(制作の)順番がテレコになっている話数もあるぐらいなんです。そのときに福家さんが、サンジゲンさんとやりとりされていて、3DCGでキャラクターが動かせますよ、という営業を受けていたんです。それは面白い、ぜひお願いしてみようじゃないか、という話になって。じゃあ、どのキャラクターを動かそうか? という時に、佐藤と鈴木があのキャスティング(佐藤利奈と新井里美)になって、その2人ならいろいろ遊べる、と木村さんが言って。そこで、木村さんにテキストを起こしていただいて、基本、内容に触れない予告になったんです。そういうわけで、2話か3話のアフレコの段階で、全部の予告を収録してしまって。それをサンジゲンさんに渡して、あとは好きにやってください、とお任せしました。
── じゃあ、次回予告がどうなっているかは、出来上がってくるまでわからない?
中山 毎回、テストが上がってくる段階で、みんな大笑いしてました(笑)。あれは完全に、サンジゲンの担当アニメーターの方の力です。
── 各話監督制をやられてみていかがでしたか? 例えば、キャラクターについて、ブレはありましたか。
中山 厳密に言ってしまうと、ブレている部分は多いですね(苦笑)。ただ、「このキャラは絶対にこういう台詞は言わない」というラインは、キープできたと思っているんですよ。遊びの部分は多少ありましたけれども、例えば「この子は巧に対して媚びたりしない」というような、ベースになるキャラクター性のブレはなかったと思います。セリフ回しや、テンションに関しては、多少の上下はあったと思いますが。
── 今回、プロジェクトとしては成功だったんでしょうか。
中山 どうなんでしょう? 何をもって成功というのか、非常に難しいですね(笑)。単純にビジネスの結果だけで言えば、おかげさまで一定の結果がでているので、そういった意味では成功と言えるかもしれません。ただ、お客さんの反応を見ると、失敗した部分もあるかもしれません。
── あ、そうなんですか?
中山 ふざけたアニメを作るな、みたいな事をよく言われました(苦笑)。
── それは、各話監督制がどうこうというより、お遊び回が多かったからじゃないんですか。
中山 うーん……でも、原作どおりにやっても文句は言われていたと思うので、途中からは、何をやっても文句を言われるんだなぁと開き直ったところもあります(笑)。プロデューサーサイドでよく言っていたのは、「この春いちばんの(プロレスでいうところの)ヒール役」だったな、という事ですね。
── 要するに、突っ込まれ役だったという事ですよね。
中山 まあ、そうですね。ただ、「おいおい、こんなのないじゃん」っていう、ちょっと茶化したツッコミより、わりと真剣に「ふざけるな!」っていう反応が多かった気がします(苦笑)。原作が好きな方からより、原作を知らない方から、そんな反応をもらう事が多かったですね。もちろん肯定的に捉えていただいた方もいるので、いろんな意味で、ひとつのかたちにはなかったかな、と思います。
 ただ、関わってくださった方はみなさん、本当に全力をつくしていただきました。まったく新たな試みでしたが、クオリティを含めて、作品としての完成度は高いと個人的には思ってます。


2010年7月21日
取材場所/東京・下井草
取材/小黒祐一郎
構成/小川びい

「迷い猫オーバーラン!」第1巻
Blu-ray<初回限定版>

発売日/6月25日
価格/7140円(税込)
[Amazon]

「迷い猫オーバーラン!」第1巻
DVD<初回限定版>

発売日/6月25日
価格/6090円(税込)
[Amazon]

「迷い猫オーバーラン!」第2巻
Blu-ray<初回限定版>

発売日/7月30日
価格/7140円(税込)
[Amazon]

「迷い猫オーバーラン!」第2巻
DVD<初回限定版>

発売日/7月30日
価格/6090円(税込))
[Amazon]

発売・販売:ジェネオン・ユニバーサル

●公式サイト

『迷い猫オーバーラン!』
http://www.patisserie-straycats.com/

(10.08.04)