アニメ音楽丸かじり(23)
新海誠イメージアルバム「Promise」特集!

和田 穣

 『ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』など新海誠監督の諸作品を飾った天門の楽曲を、オーケストラ編成でリアレンジしたイメージアルバム「Promise」が12月9日に発売される。演奏を担当するのはオーストラリアのエミネンス交響楽団。アニメやゲームの音楽をレパートリーの中心に据えるという世界でも珍しいオーケストラだ。
 このたび「Promise」の発売に際し、エミネンス交響楽団の代表・芸術監督を務める由良浩明さんにお話をうかがうことができた。由良さんは6歳でオーストラリアに移住した経歴を持ち、楽団を率いる一方でご自身も国際的に活躍するヴァイオリニストだ。今回の「アニメ音楽丸かじり」では、特別編として「Promise」の制作に関するインタビュー記事をお届けしたい。

新海誠作品イメージアルバム「Promise」

CWCD-0003/2,800円/コミックス・ウェーブ・フィルム
12月9日発売予定
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Yura Hiroaki

●PROFILE

由良浩明(Yura Hiroaki)
ヴァイオリニスト、エミネンス交響楽団代表・芸術監督。6歳からオーストラリア・シドニーに在住し同地でヴァイオリンを学ぶ。シドニー大学でシージャン・ザン教授に師事。2002年ギズボーン国際音楽コンクール第2位・観客賞、第7回江藤俊哉ヴァイオリンコンクール優勝。2002年に日本デビューし日本フィルハーモニー交響楽団と共演。2003年エミネンス交響楽団を設立し代表・芸術監督を務める。現在は東京都在住。


—— まず「Promise」を制作された経緯について教えてください。
由良 はい。もともと天門さんの曲が大好きで、アメリカ最大級のアニメコンベンション「Otakon2007」にエミネンスが参加した時に、天門さんの『雲のむこう、約束の場所』のメインテーマを演奏させていただきまして。その時にファンの方がハンディカムを回していて、映像をYouTubeにアップしたんですよ。そうしたらその演奏を天門さんが見てくださって、ブログで取り上げてくれたんですね。「あ、見てくれているんだ!」と思って、天門さんのブログにプライベートコメントを入れたんですよ。「ファンなので一度お会いしたい」みたいな感じで。そうしたら喜んで会ってくれまして。その時にもし可能であればイメージアルバムを作りたい、とお話ししたんです。
—— 天門さんの音楽はどのあたりがいいと思いますか。
由良 やっぱりシンプルで素直なところが好きですね。最近では難しければいいとか、音がいっぱいあればいいとか、極端に言うとそういう音楽も多いんですよね。そうじゃなくて、自分ができる事を一所懸命やっているという感じが凄く伝わるんですよ。やっぱり音楽は感情を伝えるものなので。天門さんの曲は演奏家から見ても演奏のしがいがあるというか、どれが正しいとかではなくて色んな解釈の仕方があります。プレーヤーによって色んな答えが出て凄く面白い。
—— 天門さんの曲はオーケストラに向いているんでしょうか。
由良 それは編曲によりますね。今回のプロジェクトは優れた編曲家の方にやっていただいたので、とてもやりやすかったです。
—— 編曲はイマジン所属の作家さんに頼まれたんですね。
由良 はい、3名います。『秒速5センチメートル』は浜口史郎さん、『雲のむこう』が岩崎文紀さん、そして『ほしのこえ』『彼女と彼女の猫』は多田彰文さんが担当しています。皆さんアニメの業界で作曲家として活躍されている方で、他のプロジェクトで一緒にお仕事させていただいた事もあります。
—— 収録曲では『雲のむこう』関連が6曲と多いですよね。それはご自身がお好きだから?
由良 それもあるんですけど、やっぱりエミネンスがやる事っていうのは全て音楽優先なんですよ。そのタイトルが売れるとか売れないとかは関係なくて、演奏していいものにできるか、という事を優先させて選曲するんです。『秒速5センチ』も音楽自体はとてもいいしピアノなんかも美しいんですけど、やっぱり山崎まさよしさんの主題歌がスポットライトを盗んでしまった。僕からしたら『雲のむこう』がインストとしては充実していたと感じたので、イメージアルバムにしやすかったんです。
—— 『秒速5センチ』は主題歌を取り上げた事でバランスがとれると。
由良 はい。個人的に言えば『秒速5センチ』のピアノ曲が好きなんですけども。CDの2曲目「想い出は遠くの日々」はトレーラーでも使われていた曲なんですが、1ファンとして「凄く映像にぴったりだなあ」と思って何度も聴いていました。それをもっと長いピアノ曲にしたらこのバージョンが出来上がったという感じなんです。
—— 今回「Promise」を聴いた印象では、サウンドに暖かみと広がりがあって素晴らしいと感じました。
由良 多分それはスタジオに理由があると思います。日本のスタジオはパートごとにブースを分けてしまうのが主流らしいんですけども、そうしたら音のアンビエンスが失われて、一体感がなくなるんですよね。今回我々が使用したシドニーのFOXスタジオは、天井まで6〜7mくらいある凄く大きなスタジオです。天井には反響板を貼ってあるので、響きはとてもいいと思います。
—— CDのブックレットや「Promise」のホームページにも写真が載っていますが、倉庫みたいに大きくて驚きました。
由良 はい、めちゃくちゃ広いです。天井の電球を換えるために専用のクレーンみたいなものまであるんですよ。
—— 日本では考えられない羨ましい制作環境ですねえ……ちなみに日本と海外では演奏者の傾向に違いはありますか。
由良 どちらかというと日本人のほうが的確にきちんと仕上げてくるんですけど、海外で勉強した人のほうが解釈がユニークで豊かなんですよ。英語でインディビジュアリズムっていうんですけれども、個人性というんでしょうか、それが豊富だと感じます。特にイメージアルバムではそれが凄く大事だと思うんですよ。とりわけピアノとかギターのパフォーマンスには、演奏者の独特な解釈が入っていると思います。
—— こんど来日されるジェム・ハーディングさん、ロジャー・ロックさんのお2人ですね。特に『秒速5センチ』の「想い出は遠くの日々」におけるジェムさんのピアノ演奏は本当に素晴らしいと思いました。

「Promise」発売記念 演奏会

 場所:アニメイト秋葉原店
 日時:12月20日(日)14:00〜
 ゲスト:エミネンス交響楽団 由良浩明(ヴァイオリン)、ロジャー・ロック(ギター)、ジェム・ハーディング(ピアノ)
 http://www.promise-project.jp/event.html

—— 今回ご自身がヴァイオリンを弾きまくるような曲はないんですね。
由良 そういう作品ではないので(笑)。ヴァイオリニストとしてはどんどんソロもやりたいんですけどね。元々『雲のむこう』はメインテーマがヴァイオリンなんですが、今回の岩崎さんのアレンジではフルートやオーボエを前に出していたので、残念ながら僕の出番はなかったんです(笑)。
—— 今後、他の作曲家のイメージアルバムを作る可能性はありますか?
由良 実は数人考えてはいるんです。詳細はまだ言えませんが、どちらかというと結構懐かしいタイトルをやりたいと思っています。
—— アニメやゲームの作曲家で好きな方はいますか?
由良 ゲームの作家さんで憧れの方は、元スクウェア・エニックスの菊田裕樹さん。今ノーストリリアの社長などをされている方です。ゲーム音楽の世界で1990年代から活躍されている方は、プログラミング出身者が多いんです。そんな中でも菊田さんは本当に独自によく勉強されて、分かって書いていたという気がするんですよね。音に制限のあるスーパーファミコンで「聖剣伝説2」などを書いていたんですけども、曲が非常によくて、本当に演奏したくてたまらなかったんですよ。彼は素晴らしい作家だと思います。
—— 今まで何度かお仕事されている崎元仁さんもプログラミング出身ですね。そういったゲーム出身の作曲家は、クラシック出身の方とは違いますか?
由良 ああー、凄く違いますね。全然違います。やっぱり元々ゲーム機は生録を入れるものではなかったので、演奏者の事を考えなくてもよかったんですよ。崎元さんとは長い間一緒にお仕事させていただいたんですけれども、やっぱり彼も「これはコンピュータでできるから、生でもできるんじゃない?」と思い込んで楽譜を出しちゃって、録音の現場で「いや、これはちょっと無理」みたいな事になる場合がありました。でもそれが分からない反面、やっぱり曲は一味違いますよね。ルールを守らない、知らないからこそ、それを無視して音楽性を突っ張らせている。成功すればその見返りはあると思います。
—— エミネンスではアニメ劇伴のお仕事もされていますね。
由良 崎元さんとご一緒した『Romeo×Juliet』がエミネンスで初めてのアニメのお仕事だったんですけれども、かなり無茶をしたサントラでした。最終的に成功したからいいんですけども、結構危ういところも沢山あったので(笑)。次に同じく崎元さんの『ドルアーガの塔 THE ANIMATION the Aegis of URUK』、第1シリーズの方ですね。それから「戦場のヴァルキュリア」は我々がゲーム版の演奏を担当していて、その音源の一部がアニメの方にも使われたと聞きました。後は『涼宮ハルヒの憂鬱』のコンサート「涼宮ハルヒの弦奏」にうちの指揮者と私がゲストとして参加させていただきました。
—— ああ、そうだったんですか! あれはアレンジが素晴らしいと評判になりましたね。
由良 「Promise」を手がけた浜口さん、岩崎さん、多田さんもそのアレンジに関わっていますよ。まあ正直私も『ハルヒ』の曲をどうやってアレンジするのかなあ、と思っていたんですけど(笑)。
—— 「恋のミクル伝説」なんて、あれを一体どう料理するものかと(笑)。
由良 そうなんですよね。あれはもう無理でしょ、と思ったんですけど(笑)。

—— 今後も機会があればアニメのお仕事もどんどんやっていきたいと思っていますか?
由良 そうですね、アニメも大好きなので。アニメを見ていて音楽がきちんとマネージされていなかったりすると、凄く残念だと思うんですよ。特に画とかストーリーがよかったら、余計にがっかりしますよね。予算なんて少し足すだけでこんなに変わるのに……と思う場合が多いので、ぜひそういうのに参加できたらな、と思っているんですけども。
—— なぜオーストラリアで楽団を結成したのでしょうか。
由良 最初は軽い気持ちで周りに「コンサートをやろうか?」みたいな話をして、「ファイナルファンタジー」やスタジオジブリ作品中心のコンサートをやったんですよ。そうしたらお客さんが1600人くらい集まってビックリして。偶然そのコンサートが成功したので「あ、これはいけるんじゃないか」と思って、次の年は植松(伸夫)さんを呼んで「FF」とスタジオジブリのコンサートをやったんですよ。その時に初めてエミネンスという名前ができて、YouTubeに載せたら何百万というヒット数があって、今ではYouTubeで一番見られているオーケストラになっちゃったんです。
—— 楽団員は若い方が多いですよね。
由良 はい、そうですね。平均年齢は25歳ぐらいですね。もちろんその中にゲストとして大ベテランが参加する事もあります。
—— メンバーの方は日本のアニメやゲームは詳しいんでしょうか。
由良 ゲームは普通にやってる人が沢山いますよ。「メタルギアソリッド」シリーズが好きな人は多いです。それから副コンサートマスターは『ハルヒ』の大ファンなんですよ。
—— オーストラリアで人気のあるアニメは?
由良 『DEATH NOTE』は人気がありますね。それから『ONE PIECE』や『DRAGON BALL』は世界中どこでもやってます。国内で大ヒットしたのは『新世紀エヴァンゲリオン』。SBS-TVが5年間のうち3回放映する権利を得たんですけれど、あまりにも視聴者が多くて1年目に3回全て放映しちゃって困ったと聞きました。あとスタジオジブリ作品はいつも流れていますね。『紅の豚』なんてみんなが好きですよ。
—— 最後に「Promise」発売に寄せてファンの方にメッセージをお願いします。
由良 そういうの苦手なんですよね(笑)。「Promise」は本当に「アレンジが変わった」で終わるようなアルバムではないので、ぜひ聴いてもらいたいです。本当にアニメを愛してる人達が作ったアルバムですし、きちんとした根拠のある編曲・演奏がなされています。でも最終的に僕はミュージシャンなので、言葉で言うよりも聴いてもらうのが一番なんですけどね(笑)。

エミネンス交響楽団 公式ウェブサイト
http://www.eminenceonline.jp/

(09.12.08)