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アニメの作画を語ろう
animator interview
和田高明(1)


 『カレイドスター』での和田高明は、各話の演出、絵コンテ、作画監督、原画と八面六臂の大活躍。その仕事ぶりには、ワクワクさせられた。とにかくよく動く。そして、面白い。放映中には彼と面識は無かったが、ブラウン管の向こう側に、エネルギッシュに活動する彼の姿が透けて見えるようだった。
彼は『カレイドスター』で以下の話数に登板している。
 
1話 初めての!すごい!ステージ(原画)
2話 孤独な すごい チャレンジ(原画)
7話 笑わない すごい 少女(絵コンテ、演出、作画)
12話 熱い すごい 新作(原画)
14話 怪しい すごい サーカス(演出)
22話 仮面の下の すごい 覚悟(演出、原画)
33話 汗と涙の すごい ロゼッタ(絵コンテ、演出、作画監督[共同]、原画)
41話 再出発の すごい 決意(絵コンテ、演出、作画監督、原画)
44話 笑顔の すごい 発進!(原画)
45話 レオンの すごい 過去(原画)
47話 舞い降りた すごい 天使(作監協力[犬])
49話 ひとりひとりの すごい 未来(作監協力[鳥])
50話 避けられない ものすごい 一騎討ち(原画)
51話(最終話) 約束の すごい 場所へ(原画)

  演出や作画監督を担当した、7話、33話、41話は見応えたっぷりの仕上がりだった。シリーズ終盤に、ほぼ毎話に原画として参加している点にも注目したい。華のある舞台のシーンだけでなく、面倒なモブ等も描き、シリーズのクオリティ底上げに貢献しているのだ。犬の作画ばかりを担当した44話や47話では(作監協力[犬])(作監協力[鳥])という空前の役職でクレジットされたのも印象的だ(特に犬の作画は見事なものだった)。
 『赤ずきん チャチャ』や『ToHeart』など、これまでに参加してきた作品でも、彼はパワフルに動かし続けてきた。『カレイドスター』は、そんな彼の代表作と言えるのではないだろうか。この記事ではアマチュア時代から、『カレイドスター』までの話をうかがう事にする。


2004年4月10日
取材場所/東京 ゴンゾ・ディジメーション
取材・構成/小黒祐一郎
構成/小川びい
PROFILE

和田高明(WADA TAKAAKI)

1964年1月22日生まれ。神奈川県出身。血液型はB型。栄光学園卒業後、中央大学に入学。在学中に同大アニメーション研究会で自主制作に携わる。作画監督を務めた『共学驚愕学園』は、セルアニメ大作として、大きな反響を呼んだ。大学卒業後、アートランドへ。以後、イージーフィルム、フィルムマジックを経て、現在フリー。原画デビューは『おぼっちゃまくん』。『ゲンジ通信 あげだま』『姫ちゃんのリボン』『赤ずきん チャチャ』『ナースエンジェル りりかSOS』『こどものおもちゃ』と、スタジオぎゃろっぷ作品に参加し、動かし屋の原画マンとして名を馳せる。『りりかSOS』で初作監、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!! マサルさん』で初演出。また、『ToHeart』『鋼鉄天使くるみ』といったOLM作品を中心に美少女アニメにも参加。『カレイドスター』では、演出(コンテ含む)、作画監督、原画と八面六臂の活躍を見せ、特にロゼッタが活躍する回で大きな手腕を発揮したことから、「ロゼッタマスター」の異名を戴く事となった。

【主要作品リスト】

この記事の主な登場人物
和田高明……今回の主役
追崎史敏……アニメーター。『カレイドスター』では渡辺はじめと共同でキャラクターデザインと総作画監督を担当。
金子真枝……制作進行。和田高明の担当で、この取材のきっかけを作ってくれたのも実は彼女。
國音邦生……色彩設計。色々な作品で活躍。
池田東陽……プロデューサー。『カレイドスター』の「私の夢になってよBOX」等のネーミングはこの人の手によるもの。
小黒祐一郎……インタビュアー。本誌編集長。


小黒 インタビューに入る前に、皆さんに、和田さんの仕事ぶりについてうかがう事にしましょうか。
和田 じゃあ、俺、聞かないようにするから(笑)。(自分の両耳に手を当てて)好きに言ってていいよ。
小黒 それでは『カレイドスター』で和田さんの担当をしている、制作の金子さんからいきましょう。


●「カレイドの すごい 関係者」が語る和田高明の仕事ぶり
 その1 金子真枝(制作)


金子 和田さんの仕事ぶりですか……。私、去年の春に設定制作としてこの会社(GONZO)に入って、途中から『カレイドスター』の制作をやる事になったんですよ。最初は本当に何も知らなくて、キャラクターデザインの(渡辺)はじめさんを「あのおじいちゃん、誰だろう?」と思っていたくらいで(笑)。
小黒 ヒドい事を言うなあ(笑)。そのエピソードは記事にしていいの?
金子 ダメです! はじめさんがスネちゃいますから。
小黒 「スネちゃう」という言い方もどうかと思うけど(苦笑)。そもそも渡辺さんって、そんなお歳じゃないでしょ。
追崎 はじめさんは、髪がちょっと白いので、実際の年齢よりも上に見えるんですよ。
和田 『カレイド』が始まってから白さが増したような気がするけど(笑)。
金子 それで初めに担当したのが、和田さんが演出をやった14話(「怪しい すごい サーカス」)だったんです。まず、驚いたのは、和田さんから上がってきた原画の厚さですね。もう、ビックリですよ。私は、その頃、枚数とかの事って全然分かってなくて。それでも「スゴイ」というのだけは分かるんですよね。あがりを見るのが楽しみだったんですよ。「あ、スゴイ、スゴイ」って。そこから、和田さんの仕事の魅力にハマってしまったわけです。その凄さは、ちょっと言葉では言えないくらいで。
小黒 なるほど。
金子 14話も最後の方は間に合わなくて、和田さんから作監中の原画を取り上げる感じになってしまって。「和田さん、もう(動画に)出しますから、シートだけ見て下さい! あと、15分です!」とか言って、シートだけチェックしてもらったり。
和田 「もう(韓国に)送りますから! これ以上は待てません!」なんて言われて。
金子 そうでしたね。「早く出してください」「ヤダ!」みたいな。
追崎 業界の事を知らないっていうのが強みだよね。他の制作は、和田さんに対してちょっとビビってたんだけど、金子だけは怖いもの知らずで「このオヤジ! はよ出せ!」とか言って。逆にそのおかけで和田さんがいい感じで仕事ができたんじゃないかと。
金子 凄く優しくしていただきました。
和田 いや、「この子は何も知らないから、怒っちゃダメなんだよ」と思って(笑)。
金子 「お前はくろみか!」と言われながらね(笑)。14話が終わったところで、「お前は和田さん専用や」と言われて、その後の和田さんの回はほとんどやっています。
小黒 なるほど。
金子 やっぱり、スゴイですよね。和田さんは、ホントに何でも描けるんですよ。ビックリするぐらい。しかも、あのスピードですからね。それは「スゴイな」と思います。本当に「職人だな」って思うんですよね。
追崎 ま、究極の「職人」って感じだよね。
金子 手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのに、和田さんは絶対に抜かないんですよね。こんなに動かすという事にこだわりを持ってる人は、和田さんしか知らないですね、私は。
小黒 そりゃあ、あなたは1年しかやってないんだから(笑)。
和田 1年しかやってない上に、しかも『カレイド』班しか知らねーのに(笑)。
金子 でも、ホントにスゴいと思うんですよ。


●「カレイドの すごい 関係者」が語る和田高明の仕事ぶり
 その2 追崎史敏(キャラクターデザイン)


小黒 それでは、次は追崎さん。
追崎 僕も、和田さんの近くで一緒に仕事をしたのって『カレイド』が最初なんですよ。で、(渡辺)はじめさんが「どうしても連れてきたい人がいる」と言って、和田さんが参加する事になったんです。「ああ、どんな人だろうなあ」と思って、第1話の原画を見たんですが。「なんでこんなに絵を描くの」と思うくらいのものでした。ここまでのめり込んで描く人も、そう見た事なかった。和田さんは、のめり込み出すと尋常じゃないんです。と言っても、丁寧に緻密に描くというタイプでもないんですけど。
金子 ないですよね。勢いですもんね。
追崎 そうそう。それが、いわゆる巧いアニメーターの人たちとは微妙に違うような気がするんですよね。
小黒 超絶リアル系とは違うわけですね。
追崎 そうです。1話も凄かったんですけど、7話以降で和田さんが演出をやり始めてから、作画だけじゃなくて全体の見せ方とかも「スゴイなあ」と思って。それも作画と同じで、ただリアルにハイクオリティに作るのではなくて、見てる人を、こう、笑わせるとか、楽しませようという姿勢があるんですよね。本人はそう言いながらも、苦しみながらやっているんですけれど(笑)、でも、やっぱりどこか楽しんでるところがスゴイ。今まで見てきた人と違うタイプかな。和田さんの仕事は、スゴイだけじゃなくて、楽しいんですよね。それがやっぱり「スゴイな」という(笑)。
小黒 それがタダモノじゃないところですね。


●「カレイドの すごい 関係者」が語る和田高明の仕事ぶり
 その3 國音邦生(色彩設計)


小黒 それでは、次は色彩設計の國音さん。
國音 和田さんと言うと、ロゼッタなんですよね。一番最初にロゼッタが出てきたのが、和田さんの回だったんですよ(7話「笑わない すごい 少女」)。それでロゼッタの色を決める時に結構、やりとりをしたんです。和田さんは、もっと派手にしたかったんですよ。もっと派手というか、パキッとした感じにしたいとおっしゃっていて。ただ、そうすると『カレイド』の色の作りの中では、派手すぎちゃうんです。僕はロゼッタは赤毛だと思っていたんですけれど、和田さんは「ピンクがいい」と言って。和田さんが自分で色をつけたものをメールで僕のところに送ってきたりして。「でも、これはちょっと違うキャラになるんですけど」みたいな話を延々とやって、それでできたのがロゼッタなんです。だから、それ以降ずっと「和田さんと言えばロゼッタ」というイメージがあるんです。
 それは、その後のロゼッタの話も和田さんが担当したからというだけじゃないんです。ロゼッタの立ち居振る舞いから、着てるもののテイストまで。ロゼッタ周りの空間は、和田さんが全部作ってるんじゃないのかとすら思う。例えばディアボロ対決なんかでの動かし方、見せ方で、「この子はこういう子なんだ」というのを確立したんだと思う。そうやって作ったものがロゼッタの核を作っていったという気が、非常にしますね。
一同 おおーっ(拍手)。
小黒 いいお話でした。ありがとうございます。
追崎 和田さんの担当した回って、最初の頃は美術設定まで、和田さん任せだったんですよね。
小黒 そうなんですか。
追崎 「好きにやって下さい」っていう。
國音 和田さんの回は設定が細かいんですよ。「こんな感じ」というメモ書きみたいなものを沢山、描いてくるんでよね。それが「おお!」という感じでね。
追崎 参考の写真をつけてきたりね。
國音 そうそう。
金子 和田さんの話数は設定制作も手が出せないぐらい、和田さんが世界を作っちゃうんです。作打ちの時に和田さんが、その人が作画する分の設定を作ってきてくれるんですよ。参考用に、映画をキャプチャーしてプリントアウトしてきたり、そういう分厚い資料を作ってくれたりして。
小黒 それは凄い。
金子 和田さんの机の周りを見ると分かるんですけど、入りきれないほど沢山のファイルがあって。「いつか使うかも知れない」と言って、カモノハシの映像とかを持ってるんですけど。
一同 (笑)。
金子 私は「そんな資料を集めても、カモノハシを描く機会はないですから!」とか言うんですけど。
和田 いや、分かんないよ(笑)。
小黒 和田さんは、資料魔なんですね。
追崎 資料魔ですよ。ファイルの数を見たら、ビックリしますよ。
金子 自宅にどれぐらいあるんだろう、とか思いますよね。
和田 資料魔というか、だいたい俺の場合、設定が揃ってから打ち合わせする事って、まずないんだよ。「打ち合わせするんですけど、設定はないんです」って言われる事が多くて。じゃあいいよ、俺の方で作るからというパターンでやってきたから。
小黒 なるほど。
和田 「インド軍が来るんですけど、設定はありません」って言われるんたよ。「インド軍かよ。どんな銃を持ってんだよ」みたいな感じで、それを調べるところから原画が始まるから(笑)。


●「カレイドの すごい 関係者」和田高明インタビュー 本編


小黒 というわけで、ここからインタビュー本編に突入したいと思います。まず『カレイド』以前の話からいきましょう。分かる範囲で作品リストを作ってきました。
和田 なんですか。本格的な書類みたいだけど。(リスト見ながら)あー、あー、やりましたね、こんな仕事。さすがですね。
小黒 いやいや、まだ足りないと思うんですけど。
小黒 取材前の下調べで、学生時代に作られた『共学驚愕学園』を観たんですよ。
和田 観ちゃったんですか(笑)。
小黒 中央大って昔から自主制作は昔から盛んなところだと思うんですけど、それにしてもよく動かしてますよね。ほぼ全編2コマですよね。
和田 と言うか、何も知らないから。それから、他に作ってるヤツから、8ミリフィルムだと3コマだと動きがカクカクしちゃうと聞いて。動かそうと思ったら、2コマでやらないと、というのがありましたけれどね。
小黒 学生時代から「とにかく動かしたい」と思っていた人が、そのまま現在まできちゃったんだろうな、と想像するんですが。
和田 うーん、それは非常に本質を掴んでると思う(笑)。
小黒 『共学驚愕学園』と『カレイド』を比べると、テクニックはともかく、やりたい事は変わってないと言うか。
和田 この頃(自主制作をやっていた頃)は、立派な大人だったですから、そんなに今も価値観は変わってない。と言うか、実は今でも同じ事を繰り返している(苦笑)。
小黒 もうちょっと遡ってお話を伺いたいんですけど。そもそもアニメの作画をやりたいと思ったのはいくつぐらいの時ですか。
和田 やっぱり普通に『(宇宙戦艦)ヤマト』や『(機動戦士)ガンダム』のあたりを体験して、みたいな感じで。作画をやりたいと思ったのはどうなんだろう……。高校の時は絵を描きたいなと思ってたから、そのあたりだと思うけど。アニメの絵がいいなと最初に思ったのは、やっぱり『(銀河鉄道)999』かな。
小黒 ほうほう。
和田 「こういう絵っていいよね」と思ったのが『999』だと思う。
小黒 それはTVですか、映画ですか。
和田 映画の方です。それからお約束で申し訳ないんだけど、やっぱり『(ルパン三世)カリオストロの城』だった(笑)。
小黒 なるほど。『共学驚愕学園』の話に入りたいんですが。あれって、20分ぐらいあるでしょ。
和田 結構長いんですよ。
小黒 自主制作としては信じられないぐらい長い。しかも、ずっと2コマで動いてる。どっからお金が出てるのか、心配になりますよ。
和田 それはみんなで土方をやって稼いで(笑)。それがフィルム代と絵の具代に消えていったというね。ちなみにセルはね、とある制作会社から戴いてきたものを使っていたんです。使い終わったセルを捨てるじゃないですか。でも、セルも全面にキャラが描かれているわけではなくて、隅っこにキャラがちょっとだけいるようなのがあるでしょう。そういうのを、断ってもらってきて。描いてあるヤツを消しちゃうんですよ。
小黒 なるほど、口だけのセルなんかを消して使うわけですね。
和田 そそ。口パクとか目パチとかのセルをいっぱいもらってきて、それを再利用したんです。だからまず何をするかというと、セルをダーンと積み上げて、「さあ、拭くぞー!」ってね(笑)。「200枚セルができたから、200枚塗ろうっと」とか、そういう流れで。あれは大体、2ヶ月ぐらいで作ったんだよね。
小黒 え!
追崎 すげー!
小黒 その2ヶ月ぐらいって、夏休みを利用したんですか
和田 いや、今の仕事と同じで、11月に公開するからと言って、9月ぐらいから作業を始めて、「どうすんだよ、間に合わねーよ」と今と同じ台詞を言って(笑)。
小黒 その間は、授業とかは出なかったんですか。
和田 授業は出ましたよ。単位を落とすわけにはいかないので。大学からちょっと歩いたところに作画小屋として、一軒家を借りたんです。それからちょっと離れたところに撮影小屋というのがあって。学校と作画小屋と撮影小屋の3ヶ所を往復して家に帰らなかった(笑)。
小黒 え、ちょっと待ってください。その一軒家を借りたっていうのは、誰が借りたんですか。
和田 みんなでお金出し合って。非常に安い、木造のところを借りたんです。で、猫がよく遊びにきてて。猫とじゃれながら作業をして。
小黒 それが出てくる猫のモデルになってるんですね。
和田 まあ、そんな感じで。
小黒 当時、もう校舎は八王子だったんですか。
和田 そうそう。八王子というか、多摩動物公園の近くで。夜中に虎がグオオオーとか吠えているのが聞こえて、「虎が鳴いてるなあ」とか思いながら(笑)、カシャカシャと撮影していましたね。
小黒 撮影小屋は、作画小屋と別に借りていたんですか。
和田 うん。撮影は完全に窓を閉め切ってやらなくてはいけないので、また別に。鉄骨の支柱を立てて、周りを全部閉め切って。9月ぐらいだったからまだよかったけど、それでも凄い暑くて。
小黒 それは暑いでしょう。
和田 「暑いわ、ちくしょう!」みたいな、そんな感じ。
小黒 話は前後しますけど、アニメが作りたくて中央大学へ行ったっていうわけではないんですよね。
和田 いや、全然。入ったら、たまたまあってという感じ。だからあの、今はどうだか分からないけど、アニメファンサークルみたいなのとアニメを作るサークルみたいなのがあって。こっちの作る方がなんか面白そうだなと思って入って。
小黒 アニメを作ったのは大学に入ってからが初体験になるんですか。
和田 そうですね。最初は何も知らなくて、「ブックって何?」みたいな。実際にやりながら覚えていったみたいな感じでした。サークルに入って最初にやらされたのが、セル塗りだったんですよ。汽車がポッポッポッポッと走っているようなカットで。「ここ、塗れよ。明日までに100枚な」とか言われて「いきなり徹夜かよ」と(笑)。そんな感じでしたね。
小黒 大学でアニメ研でアニメ作りの魅力に目覚めて、それで業界に入っちゃったとか、そういう感じになるんですね。
和田 アニメは好きだけど、まあ、サークルで作っていれば満足するだろうと思っていたんですよね。だけど、「なんか、まだやり足りないよね」みたいな気持ちが出てきて、という感じですかね。その中で「アニメかあ。好きだけどなあ……食えるのか」みたいな感じもちょっとあったりして。実際に半年ぐらい、なんかウジウジ悩んでいたような気がするんですけどね。
小黒 半年というのは、大学4年の時っていう事ですか。
和田 3年の後半ぐらいから就職決めてかなきゃいけないから、その頃ですね。普通に就職活動し始めて、やっぱり「なんか違うよね」という感じがあって。ある日、部屋でボーッとしてる時に「あ、決めた」とか、そんな感じ。「決めた。こっち、とりあえず行ってみるか」。
小黒 その後、フィルムマジックに入る事になるんですか。
和田 最初に入ったのはアートランドなんです。
小黒 『銀河英雄伝説』で動画に名前が出てるようなんですけど。それはアートランド時代?
和田 それがアートランドの時です。アートランドには3年ぐらいいたのかな。アートランドではずっと動画をやていましたね。フィルムマジックに移る前に、イージーフィルムにいたんです。(リストを見ながら)『おぼっちゃまくん』はイージーフィルム時代にやっていましたね。ちょうどこの頃って、OVAが一番勢いがあった時代で、アートランドが「これからはOVAだけで行くぞ」みたいな感じになったんです。自分はTVアニメの方がやりたいと思っていたら、イージーが『おぼっちゃまくん』をやってて。こういう軽いギャグものをやりたいな、と思って。(実際には『おぼっちゃまくん』の内容は)軽くもないか……濃いけど(笑)。
小黒 イージーには知り合いがいらしたんですか。
和田 確かね、たまたま「フロムA」か何かを、パラパラッて見ていたら、アニメの制作会社がふたつ載っていて「どっちにしようかな、あ、イージーにしよう」って(笑)。でも、世の中って、面白いものでね。そこで、大地(丙太郎)さんとか音地(正行)さんと知り合ったわけだから。
小黒 イージーにはどのくらい、いらしたんですか。
和田 結局、1年半ぐらいじゃないかな。ただ、大地さんとは、ほとんど直接のつながりはないんです。どっちかと言うと音地さんと知り合って、音地さんと桜井(弘明)さんとが昔からの仕事仲間みたいな感じで、その縁でフィルムマジックに行った感じですね。
小黒 それで、『ゲンジ通信 あげだま』『姫ちゃんのリボン』『赤ずきん チャチャ』と、ぎゃろっぷ作品での活躍が数年間続くわけですね。
和田 うん。正確に言えば(ぎゃろっぷ作品のうち)フィルムマジックでやっていたのは、前半なんです。それで、フィルムマジックを潰しまして(笑)。
小黒 和田さんたちが暴れちゃったので潰れちゃったんですか。
和田 そうですね。社長に「毎回赤字を出しやがって、会社を潰す気かよ」とか言われながらもね、「へっへーん」みたいな感じでやっていましたからね。悪いのは俺たちなんですけど、あの頃は変にテンションが上がってて、少しでも何かをやろうみたいな感じがあったのかな。
小黒 それが作品で言うと『あげだま』とかの頃ですか。
和田 うん。『あげだま』から『姫ちゃん』にかけて。『あげだま』の頃から、なんか変なテンションはあったんです。結構『あげだま』って、内輪ウケネタがたくさんあったりして――ま、桜井さんは今でも内輪ネタ好きだけど(笑)――もう自分たちしか分からないネタで結構盛り上がって作ってた感じがあるんですよ。
小黒 『あげだま』でのご自身の仕事で「コレは」というようなものはありますか。
和田 「コレは」というのは、まあ原画ですから、どうなんだろう。作監の音地さんとか、演出の桜井さんとかがいてこその仕事という感じがあるので。俺がどうこう言うのは、なんか違うような感じがするんです。
小黒 なるほど、分かりました。フィルムマジックでの仕事はどこまでなんですか。
和田 えーと、フィルムマジックの最後は『チャチャ』の「ニャンダバー」の話数(編注:17話「帰ってきたニャンダバー」)ですね。これで潰しました(笑)。ある日、社長がやってきて「会社を解散する」と言われまして(編注:ここは微妙に彼の記憶違い。実際には、32話「危険な恋のトライアングル」までがフィルムマジックでの参加だったようだ。17話や23話「戦え!卒業試験」がフィルムマジック解散の原因になったのも間違いないようだが)。
小黒 それは、アニメーターの方々が頑張りすぎたからなんですね。
和田 ぶっちゃけ、そのとおりですね。と言うか、正確に言うと私です(笑)。桜井さんや音地さんに聞くとね、「あれは和田のせいだ」と言うに決まってるので、それで間違いないです。
小黒 フィルムマジックを離れてから、桜井さん達と一緒にフリーの立場で、ぎゃろっぷで作業をするわけですね。そのあたりのエピソードだと、「戦え!卒業試験」をよく覚えていますよ。動かしまくっていた回ですよね。
和田 あれは最初の区切りみたいな話だったじゃないですか。それまでの話の最終回みたいな感じだと聞かされていて、「じゃあ、一回盛り上げようか」みたいな感じだったんじゃないかと。
小黒 印象的なのが、筆記試験のところで、やっこちゃんが鉛筆をポキッと折ったりするところなんですが。あそこの原画をお描きになってるんですよね。
和田 そうです。参考になるかと思って昔の原画を持ってきたんですが、ちょうどそこがありますよ。
小黒 おお、後で見せて下さい。その回のBパートで、大きな岩が転がってきて、お鈴ちゃんが活躍するところは違うんですか。
和田 あそこら辺は広江(克己)さんかなあ。私がやったのは、他には湖でみんながウロウロしてるところ。例によって「またモブかい」みたいな。あの頃から「モブは和田君ね」みたいな感じだったんです。それは今も変わってないです。
小黒 『チャチャ』の頃には、やりたいところがとれるようになってたんですか。
和田 と言うか、基本的に桜井さんがコンテを描く段階で、もう振っちゃってるんですよ。「ここは和田君に振るつもりで描いてるから」みたいに。というか、コンテを描きながら言うから(笑)。
小黒 なるほど。
和田 「和田君、和田君、ほらコレ、どう思う?」って桜井さんがコンテを見せてくれて、「ああ、大変そうですね」と言うと、「ここは、和田君がやるんだからね」とか(笑)。あるいは、コンテに「和田君、よろしく」と書いてあったりするの。
小黒 そうなったのは『あげだま』から?
和田 『あげだま』はまだじゃないかな。『あげだま』の時は、私も桜井さんもお互いに手探りしてた感じがあるから。お互いの色が見えてきたのは『姫ちゃん』の途中ぐらいじゃないかな。『あげだま』の頃はまだ、桜井さんは一所懸命に俺の原画を削ってたから。後で「抜いたから」とか言って。
小黒 それは、枚数が多すぎた原画を、桜井さんが抜いたという事ですね。
和田 というか、コンテにない動きがいっぱいあったから(笑)。
一同 (笑)
和田 「止めでいいんだから、ここは」とか言いながら抜いてたんだけど、『姫ちゃん』の途中ぐらいで「もう諦めたから」と言われたような気がする。
小黒 なるほど(苦笑)。
和田 「好き勝手やっていいよ」みたいな感じは最初からあったりましたね。だけど『チャチャ』の頃はやっぱり特殊だったんじゃないかな。とにかく、大地さんと(佐藤)竜雄さんと、桜井さんの3人でいつも競い合っていて、その巻き添えをくってるって感じが(笑)。
小黒 桜井さん達に話を聞くと必ず出てくる、3人の演出家がテンションを上げまくった話ですね。
和田 私たち、ぎゃろっぷで作業をしていたじゃないですか。コンテが上がってくると、それが読めるんですよ。大地さんや竜雄さんのコンテを見ると、面白いんですよね。それから、うちらの桜井班の前が後が、大抵、大地さんか竜雄さんの回だったんですよ。続けてラッシュを見るとね、「前の方が面白いじゃん、キーッ、悔しい!」とか思ってね。「頑張んなきゃ」みたいな。そういう感じでテンションが上がっていったんだと思う。『チャチャ』って、ラッシュを見てみんなで笑っていたんですよ。ただの線撮りなんだけど、大地さんとか竜雄さんのやつは線撮りでも笑えたから。
小黒 音がついてないのに、笑えたんですね。
和田 そう、音がついてない線撮りを見てるだけで「メチャメチャ、おっかしいじゃん」みたいな。そういうところで仕事できたのは楽しかった。「次は負けないぞ」とか言いながらね。
小黒 その頃、和田さんはおいくつぐらいなんですか。
和田 えーと、もう30は過ぎてるでしょう。だって『姫ちゃん』の頃、原作を買おうと思ったんですよ。本屋に行って「30近くになって、これは買えない」と思った覚えがあるから。それまで少女マンガって全然読んだ事なくて、(本屋で原作を見て)「えー!? これをやるのか」と思って、1回本屋から逃げ出しましたから。その後、「原作をまず掴まなきゃ、買わなきゃ」と思って、買いましたよ。『姫ちゃんのリボン』の7巻を(笑)。それで1ページ1ページ読みながら「はー、恥ずかしい」と思って。そんな感じで。だから『チャチャ』の時、もう30ぐらだったんじゃないかな。まさか、この歳でそういう、「りぼんデビュー」するとは思わなかった、みたいなね。
小黒 『チャチャ』ではオープニングとかは描いてないんですか。
和田 オープニングやってますよ。それも原画持ってきましたよ。
小黒 (積んである原画を見て)ああ、これですね。分厚いですね。
和田 はいはい。この頃から厚いですよ(苦笑)。
小黒 (ちょっと原画を見て)なるほど、この頃から、キャラは似まくってますね。
和田 『チャチャ』のオープニングは1番最初と3番目をやったのかな。
小黒 3番目のオープニングの、やっこちゃんが出てくるカットとか、「卒業試験」と同じ人だろうなと思った憶えがあります。
和田 3番目のオープニングは1人でやっちゃったから。コンテは辻(初樹)さんだったんだけど、辻さんも担当の制作さんも「好きにやっていいから」と言ってくれたから。「じゃ、好きにやっちゃいますから」みたいな。
小黒 ちなみに『チャチャ』の中でお気に入りの話はどれですか?
和田 お気に入りと言われると……。他の人の話数じゃダメ? とか(笑)。
小黒 いいですよ(苦笑)。
和田 やっぱりね、あのカ・ザンダンの話がよかったですね(編注:41話「ねぶそく魔人大噴火!」絵コンテ・演出/大地丙太郎、作画監督/藤田宗克)。あれはコンテを見た時に、マジで笑ったからね。声が確か八奈見(乗児)さんでしたっけ、声がついたら、ますますおかしくて。
小黒 自分が参加したエピソードではどうですか。
和田 自分の仕事っていうのは、あんまり客観的に見れないっていうのがあるからなあ。思い出深いっていうとやっぱり「ニャンダバー」かなあ。何しろ、クビになるきっかけだったから(笑)。
小黒 あれは何枚ぐらい使っているんですか。
和田 何枚ぐらいかな。「ニャンダバー」はまず、コンテが異常だったの。コンテがね、5分、尺オーバーだったのかな。で、監督の辻さんが「1カットも削るな」と言ってきたんですよ。だから、原画がみんなで一所懸命に、少しずつ少しずつ詰めてったんですよ。で、演技内容を変えずにタイミングだけ早くするみたいな感じで(笑)。最終的にね、1カットだけ削ったのかな。
小黒 ああ、じゃあ全体に速くなってるんですね。
和田 だから、全体のテンションが非常に高くなってて。そういう意味で非常に濃い作品になってて。枚数は8000枚ぐらい使ったのかな。そりゃあ、怒られるわな。

●「animator interview 和田高明(2)」へ続く

(04.04.28)

 
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