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アニメの作画を語ろう
animator interview
沖浦啓之(5)


小黒 で、いよいよ『人狼』に。
沖浦 ああ、はいはい。『人狼』は話しすぎて話す事がないっていう(笑)。
小黒 今までの話の流れからすると、自分のやりたい事ができる作品だったという事ですよね。
沖浦 うーん、とも言えるけど、新たな試練でもあったというか。やっぱり元々、「犬狼伝説」というのは、自分からすると、なんにも触れない。
小黒 心の琴線に。
沖浦 ええ。どの一片もかすらない(笑)。
小黒 (笑)。
沖浦 マンガも1回読んだだけだし。
小黒 その後、読んでないんですか?
沖浦 読んでないです。もちろん、藤原(カムイ)さんのよさは別ですよ。押井さんがやりたい世界については……まったくもって「はてな?」というところだったんです。それを自分がやりたい、自分が見たいものに、どう変えていくか。最初はそういう意味では、あまりにも遠すぎるんでダメかな、という感触しかなかったんですけど、やってるうちに押井さんのやろうとしてる事のよさも、どんどん分かってきたし、自分の中で味つけする事で自分のやりたい事も出せるし、という事になっていったんです。いい意味で押井色を殺しつつ、それでも残る押井色が自分の足枷にもなって、それがいい結果に結びついたのかなあ、と思ってます。
小黒 前にお話をうかがった時に、「演出する側と、画を描く側の矛盾みたいなものが起きない仕事がしたかった」みたいな事を仰ってて。
沖浦 そうでしたっけ(苦笑)。
小黒 それまでやってきたものって、「どうしてこういうふうな組み立てをするんだろう、と思うような作品に参加する事が多かったので、納得できる作りのものをやりたい」と言っていたと思います。
沖浦 ああ、そこだけ聞くと凄い偉そうな感じもするんですけど(笑)。おそらくそれは、演出というものと作画というものが、何をもってシンクロするかという話だと思うんですけど。アニメを観てて、「ああ、あのカットはいいね」と思った時に、作画の人が、演出家の指示はなく、自分だけの考えで素晴らしいカットにした場合もあれば、演出意図として用意されてるものをかたちにした事でよくなった、という事もある。演出意図があって「こういう風にしたい」という指示があった上で、的確な作画をするのがベストではないかと。そうしないと、観た時にどうしてもそのズレが出てくるんじゃないかなあ、と。結果的にそれができてるかどうかは別にして、少なくとも目指そうとした、という事です。
小黒 作画面で言うと、『人狼』では、ありとあらゆる線を減らしたじゃないですか。
沖浦 ええ。プロテクトギア以外は(笑)。
小黒 「ここの線はなくて大丈夫!」みたいな感じで削っていったように見えるんですけど、ああいうラインにもっていった理由はあるんですかね。
沖浦 それはどうでしょうね。結果としてそうなった部分も……。
小黒 美意識の問題ですかね。
沖浦 いや、細かな葛藤は色々あるんですよ。「俺はこうしたいけど、西尾君はこうしたい」とか。例えば西尾君は「女の子が笑った時に、目の下に線は入れない方が可愛いんじゃないか」と言う。だけどまあ俺は「いや、ま、いいんじゃないの?」と思ったり。「歯は全部描きたいよね」みたいな話が出て、アニメでよく1本線で歯を描いちゃうけれど――もちろんロングの時はそういうふうにするけど――アップでも歯が1列になるというのはちょっと厳しいから、1本1本ちゃんとシルエットで描いた方がいいんじゃないか、とか。当時の普通のアニメがいっぱい描いちゃうところを描かないで、描かないところを描いてみたり、とか。
小黒 目の中の描き込みはないけど、歯はあるよとか、鼻の穴はあるよとか。
沖浦 そうそう。別にそれは(他のアニメに対する)アンチという事じゃなくて、そういう約束事の中で世界観がちゃんとあったらいいんじゃないか、と。画だけ見ると、本当に地味な画になっちゃうから、受け入れられない人もいるだろうけど。
小黒 御自身の中では、『人狼』で画が急にシンプルになったというわけではないんですね。
沖浦 そうですね。結局流れの中で『GHOST IN THE SHELL』だけが突出して、違う事をやってる。細かく影をつけたり、目の中をグリグリ描いたり。
小黒 目のポッチ(内眼角)を描いたりとか。
沖浦 あ、ポッチはいつも描くんですよ(笑)。
小黒 ああ、そうなんですか。その辺はタツノコの血筋を感じますね。
沖浦 ねえ。描かないとダメだっていうね(笑)。
小黒 (笑)。ダメなんですか。
沖浦 要するに――アニメーションの画で、目を上の線と下の線を描いて、間を色トレスでつなぐという伝統があるじゃないですか。
小黒 そういう形式の描き方が主流ですね。
沖浦 その形式だとポッチはなくていいんですが、リアルに考えると、目の周囲も全部実線で結べるわけで、そうなるとどうしても欲しくなってきちゃうんですよね。『人狼』も色トレスでつないではいますが、やりすぎているような感じを避けるためにそうしているだけなので、気持ちとしてはポッチは必要かなと。
小黒 なるほど。
沖浦 湯浅(政明)さんの作品なんかは、目の周囲の線がつながっていても、説得力を感じるんだけど。やっぱり普通はないですよね、目を実線でつなぐっていうのは。
小黒 ああ、なるほど、過去のアニメを振り返って見ると、『ハイジ』も色トレスでつないでいるし、『ガンダム』もそうだし。ギャグアニメを除けば、近代の作品で、色トレスでつながないのはタツノコの系統ですね(笑)。
沖浦 (笑)。そうですね。どっちがいいとも言えないですけど。
小黒 まあ、アールも……。谷口さんはタツノコの仕事をしてますよね?
沖浦 ええ。『ガッチャマン』を。
小黒 やっぱり、リアル系統のルーツを辿っていくと必ず『ガッチャマン』が現れるんですね。
沖浦 (笑)。
小黒 『ガッチャマン』か、須田正己さんか、湖川友謙さんが出てくる。
沖浦 井上さんって、そういうのに触れてないですよね。
小黒 触れてないですね。なかむらたかしだけですね。『イデオン』も観てないっていう。
沖浦 へえー。
小黒 『人狼』は結果的には、自分がやりたい世界に引き寄せられたんですね。
沖浦 そうですね。自分の方が引き寄せた部分と、自分が吸い寄せられた部分と、まあ両方があります。結果として、どっぷりと気持ちよく浸る事ができた。
小黒 『人狼』は置いておいて、沖浦さんがやりたい世界っていうのは、どんなものなんですか。
沖浦 それは、今はまたちょっと違ってきているんです。逆に今は「どういう世界でもありなのかな」という気がしているんですよ。『メロス』をやった時も、別に紀元前の世界が描きたいという事ではなかったわけですよね。世界観やキャラクターを含めて、大らかさがありながらリアルにも振れるし、多少のギャグも許されるような、そういう事がやりたかった。あとは、元々、日アニ(日本アニメーション)の名作ものがかなり好きなんです。いつも『母をたずねて三千里』がいちばん好きなアニメ作品だと言ってるんですけど、それ以外にも関修一さんの、いちばん脂の乗ってた頃のキャラクターとか。それから、岡田(敏靖)さんが凄い仕事をしてる『くまの子ジャッキー』とかね。そういう系統も観る分には凄く好きだったんです。ああいったもの、そのものをやりたいという事ではないですけどね。そういう画のテイストを持ったものをやりたいかな、と思っていました。
小黒 そういった事が『人狼』にも多少反映されて。
沖浦 ええ。
小黒 『人狼』は基本3コマだったじゃないですか。
沖浦 そうですね。
小黒 これは、なぜなんですか。
沖浦 それはまあ、いつもの流れというか、どの作品を観ても……。
小黒 まあ大抵の作品が、3コマが基本だと思うんですけど。でも、いかに劇場『パトレイバー』が3コマだったとはいえ、「芝居に凝るアニメだったら2コマじゃないの」みたいな考え方をする人達もいたんじゃないですか。
沖浦 そうですかね。
小黒 その頃では、もうそういう人はいませんでしたか。
沖浦 例えば、『北斗の拳』が劇場版になったら2コマになったとか。『198X年』の……。
小黒 髪の毛のなびきが1コマだぞ、みたいな。
沖浦 (笑)。それはそれで、見どころはあると思うんですけど。あの時代だと劇場作品は、ちょっとリッチに1コマでやろうみたいのがあったんでしょう。今はやっぱり、中割をコントロールできないのが問題になるんです。中枚数を増やすと、その分、荒れる要素が増えるんで。
小黒 なるほど。そういう危険性もはらんでる。
沖浦 そうです。いわゆるリミテッドの美しさというか、気持ちよさみたいなものは残したい、というのもあるし。でも、俺は2コマの持ってるヌメ〜ッとした感じも好きだったりする。
小黒 2コマのヌメ〜ッとした感じで表現できる事は、意外と少ないかもしれない、という事ですか。
沖浦 それはちょっと、分からない。もちろん巧い人がそれにはまったやり方でやれば、いいものになるけど。でも、みんな、それができるわけじゃないから。3コマで動かす事を考えてきた多くの人達に、急に「2コマの原画を描いてくれ」と言っても、原画の描き方はそんなに変わらないから中枚数を増やすだけだったりしますよね。そうすると結果的に、印象がよくならない。かえって悪くなっちゃう事もある、と思ってたんです。機会があれば、2コマをいっぱい使って、全編を本当に気持ちよく動かすのもアリかもしれないですけどね。結構、現状では厳しいと思いますよ。
小黒 『人狼』で3コマを極めたみたいなところもあるんじゃないですか。
沖浦 俺はなんだかんだ言ってもチェックしてるだけだから、実際には、西尾君なり井上さんなりが、全体をフォローしてやってるわけで。それがイコール自分の手柄かというと、そういう事ではないし。
小黒 ちょっと下世話な話なんですけど、今までどうして誰も話題にしなかったのかが不思議なんですけど、最初に観た時から『人狼』はもの凄い「脚アニメ」だと思っていたんですが。
沖浦 ああー。でも「キネマ旬報」か何かで、北久保(弘之)さんが言ってました。
小黒 ああ、もう言ってましたか。
沖浦 それは無意識にやっている事で。
小黒 (笑)。無意識なんですか?
沖浦 ……な、ところもあるんです。後で自分でも気づいて。
小黒 滑り台のシーンはわざとなんですか。
沖浦 滑り台は、どうですかね。
小黒 アパートで寝っ転がってるところはどうですか。
沖浦 あそこは、脚あんまり関係ないじゃないですか(笑)。
小黒 いや、あそこも脚は強烈でしたよ。
沖浦 ああー……今思い出しました。冬の話だから、結局、肌が露出してるところって脚しかないんですよ。だから、顔以外で何か肉体的な事を表現しようとした時に、脚に行き着いちゃうのは、その時の自分の中では仕方のない事で。表情以外でそういうものを伝えようと思ったら、そうなっちゃった、って事じゃないですかね。
小黒 (笑)。時代考証的にはいかがなんですか?
沖浦 ミニスカートのブームはもうちょっと後なんですよね。まあそれはアニメだからっていう事で敢えてやりました。あと、スカートが膝下にあるか膝上にあるかで、作画の手間がえらく違ってくるんです。膝下に来た途端に、布の処理が難しくなるんですよ。泳ぐ、というか、余る布の量も違ってくるし。膝が見える事によって、動きのポイントがどこにあるかもつかみやすい。そういう事も考えて、時代考証はいいから、ミニスカートにさせてもらおう、と。
小黒 まあ、観てる側も嬉しいし。
沖浦 ええ(笑)。「きっとそうだ、みんな、許してくれる!」って。
小黒 『BLOOD(THE LAST VAMPIRE)』の原画は、『人狼』終わってからになるんですか。
沖浦 そうですね、直後ですね。あ! 違います。『METROPOLIS』の間です。
小黒 ああ、『人狼』の後は長いものが続くんですね。『BLOOD』での作画の担当はダンスホール?
沖浦 そうですね。その一部分で、引き上げ分の手伝いです。
小黒 ダンス自体も描いてるんですか。
沖浦 いや、ダンスはバンクで。
小黒 コピー&ペーストで増やして使っているわけですね。
沖浦 ええ。他の方が描いたやつを貼りつけて。一部、ダンスも描いたけど、それはほとんど見えない。
小黒 じゃあ、小夜が斬りかかるあたりを。
沖浦 そうです。保健医のおばちゃんの前に沙夜が走り込んできて、刀抜いて、吹っ飛ばされて、(人が大勢いるのに)なぜか床を滑って、ドアまで吹っ飛ばして行ってしまうという不思議なところを(笑)。画面だとそんなに不自然でもなかったのかもしれないですけど。
小黒 『METROPOLIS』は、地下世界での自転車の追っかけですね。
沖浦 そうです。ひたすら三輪車がつらかった(苦笑)。丸を3つ描くというのがこんなに苦痛かと思って。井上さんだったら自転車とか、さらさらといつも描いてるけど。
小黒 で、『人狼』の後の作品で言うと『COWBOY BEBOP(天国の扉)』のオープニングが印象的なお仕事ですよね。
沖浦 わりと『人狼』を引きずってますね。短いから、シンプルに描いて、影なしで。
小黒 あれは影はなかったでしたっけ。
沖浦 部分的にはついてるんですけど、『BEBOP』自体が、普通に影がついてる作品だから、それと違和感があっちゃまずいと思って、導入と最後は影をつけているんです。
小黒 なるほど。
沖浦 で、徐々になくなっていって、ついになくなったと思ったら最後に影がちょっとつく。けど、それは光の設定の仕方でやむなくついた影だ、というふうに自分の中では納得させて(笑)。
小黒 基本的には影なしにしたのは、美意識の問題なんですね。
沖浦 そうですね。
小黒 「アニメ影は嫌いだ!」という事ですか。
沖浦 ああ、いえいえ違います。どちらかというと「苦手」。影つけが下手なんです。
小黒 あのオープニングって、元々はどういうオーダーだったんですか?
沖浦 ちょっと思い出せないんですけど、具体的な指示はなかったのかなあ。
小黒 曲だけもらってたんですか?
沖浦 ええ、曲は何バージョンか、バージョンアップするたびにもらったんですけど、最初に監督のナベシン(渡辺信一郎)さんと……。実は彼は『レイズナー』の時に制作進行をやってたんですよ。
小黒 そうですよね。『レイズナー』って南(雅彦)プロデューサーとナベシンさんが制作進行なんですよね。
沖浦 それで、俺はいまだにナベシンと呼んでますけど。
小黒 えっ! 『レイズナー』の頃から、ナベシンって呼ばれてたんですか。
沖浦 確かそうです。話を戻すと……どんな打ち合わせしたかも、もう覚えてない。2人で「どうしようかねえ」と考えて、「こんな感じかな」「こういう感じかな」と話をしてたんですけど。どんな世界観なのか知るために、ナベシンが気に入ってる(TVシリーズの)話をちょっと見せてもらって、「ここはどんな世界なの?」と訊いたら、「まあ、喩えればニューヨークのような、色んな人種がいて、こういう街で……」という。それで、すっかり自分の中にニューヨークができ上がっちゃって(笑)。
小黒 そうですよね。あのオープニングはニューヨークですよね。宇宙でもなんでもない(笑)。
沖浦 (笑)。そうです。できてからそれに気づいて、「やばっ!」って思ったんですけど。(コンテを描く前に)ナベシンがいい写真集を持ってたんですよ。アメリカか何かで買ってきたものらしいんですが、街行く人のスナップだけを集めたような本で。ある時、「それが動いてるのが見たい!」って思ったんですね。それで、ナベシンに「こういうのどうかな?」と言ったら、「いいよ、それで」と。ただし、最後にスパイクを出してくれとか、動物も一緒にいる世界にしてくれとか、そんな事は言われたと思います。
小黒 スパイクは、足と後ろ姿だけでよかったんですか。
沖浦 あれで顔が出ちゃうとマズイでしょ(笑)。
小黒 そうですねえ。あの靴もどうかと思いましたけどね(笑)。
沖浦 (笑)。
小黒 「あ、いきなりマンガの靴が出た!」みたいなね。
沖浦 そこはそれ(笑)。でも、足なら何とか、という事で。ただ、全部路上にしようというコンセプトはありましたね。
小黒 いきなり踊り出しちゃうおじさんも、そのインスパイアされた写真集に出てくるんですか。
沖浦 いや、それはないと思いますね。出てくるものは、写真集とはあまり関係がない。色んなものから引っ張って、使えそうなパーツを集めてきた。唄ってる黒人なんかは、西尾君にちょっと手伝ってもらおうと決めてたんで、それを念頭に置いてコンテを描きました。
小黒 このオープニングに関しては、当然、設定はないんですよね、。
沖浦 ないです。
小黒 突然、原画を描くわけですよね。
沖浦 だから、西尾君は素晴らしい。
小黒 西尾さんが描いたのは黒人と、おじいちゃんと……。
沖浦 バスケ。
小黒 沖浦さんは、ああいうお洒落系なアニメは初めてだったんですよね。
沖浦 あ、お洒落系ですか?(笑)
小黒 お洒落系でしょう!
沖浦 そうですか。でも歌が結構よかったというか。ただいちばん残念だったのは、俺が仕事してる時に渡されてたテープと、本編が完成した時についたものとはバージョンが違っていて。俺が聴いてたのは、歌詞と歌詞の間に「♪ジャジャジャジャン」っていう風に、ギターが鳴ってたんですよ。それで「じゃあ、ここでギター演奏してる奴を出そう」と思って描いたんだけど、完成したのを見たら、他の鳴り物の方がでかくなってて、ギターの音がどっか行っちゃってるんですよ(笑)。「なんじゃこりゃー!」と。でもまあ多分、気にはなんないと思う。
小黒 ギターの音、聞こえてますよね。合ってたと思いますよ。
沖浦 ギターの音だけが立ってたんですよ、聴いた時は。それが個人的には悔やまれて。
小黒 時間的にはどのぐらいかけられたんですか。
沖浦 コンテと作画で4.5ヶ月とか。
小黒 なるほど。

●「animator interview 沖浦啓之(6)」へ続く

(04.08.16)

 
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